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ピアノ

ピアノは長い事、私の一番嫌いな楽器だった。

子供の頃、ピアノを習っていたせいだ。

最初はピアノではなくオルガン教室に通っていた。
私が習いたいと言ったわけではない。
ある時、いきなり母にオルガン教室に連れていかれて
「どう?習いたいと思わない?」
と聞かれたのだ。

それまで、私は母から
母が子供の頃、ピアノを習いたかった事、
講堂にあるピアノで見よう見まねで練習した話を
耳にタコができるほど聞かされていた。
そして、私は母に好かれたかった。
とにかく母に好かれたかった。
気が付くと私は本当はその気もないのに、うなづいていた。

だが、やりたくて始めたものではないから
まったく練習に身が入らない。
そのうえ、父はオルガンを習う事に対して
賛成ではなかったらしく
私が練習を始めると聞こえよがしに
舌打ちを始めるのだった。
練習しているのが、私だったから
腹が立って舌打ちしたのかもしれないが
その時は父はオルガンあるいはピアノが嫌いなのだと思っていた。

これはかなり辛かった。
私はわりと真面目な性格だ。
好きではなかったけれど、それでも宿題で出された曲くらいは
きちんと練習していきたかった。
だが、ちょっとでも練習すると
父の舌打ちが聞こえてくるのだ。
練習はそうそうに切り上げねばならなかった。

全身が逆鱗でできているような父、
そして、ちょっとでも気に入らない事があると
いともあっさりと病気になってしまう父を考えると
練習のごり押しはできなかった。
しかも、どうしても弾きたいわけではない。

というわけで
いつもおざなりな練習しかしていかなかったが
オルガン教室の先生はそういう生徒には慣れているらしく
さして叱りもせず、次ぎまでに練習していらっしゃいね、
と優しく言うだけだった。

ある時、オルガンがピアノに変わり
先生も変わったのだけれど
それはかなりのオジイチャン先生で
やはりほとんど練習しない私に怒りもせず、
頑張りましょうと言うだけだった。

だから、まだ、救われていたのだが
ある時、どういう理由かわからないが
音大生らしい女性に習いに行くことになってしまった。


音大生だから、若い。
酸いも甘いもわからない年頃の人だ。
その人は練習していかない私にヒステリーを起こした。
怒鳴りわめいた。

本当は私が練習しない理由をきちんと話して
納得してもらえばよかったのだろうが
子供だった私にはそんな事はできなかったし
その頃の私からすると彼女は立派な大人であったし
大人は理解するふりをしながら
絶対に理解しない生き物であると回りの大人から学んでいたので
その人に話す事なぞ論外だったのだ。

しかも父母がピアノに関して不一致な見解を持っている事を知られるのは
家の恥をさらすような気もしていた。

だから私は身をすくめて
彼女の罵詈雑言に耐えるしかなかった。
一度だけ「止めたい」と母に言った事があるが
母からその事を聞いたらしい父は

「やりたいと言って始めたのはお前じゃないかっ!
 ちょっとイヤだからといってすぐに放り出すのかっ」

と鬼のような顔で怒鳴るのだった。

私の方からやりたい、と言ったわけではなかったが
そう聞かれてうなづいたのは私である。
父の言う事の方が正しいと思った。
放り出してはならないのだ。

だが、今ならわかる。
父は私が心底いやがっていたから
続けさせたかったのだ、と。

その頃、斧でピアノをたたき壊す夢を毎日のように見ていた。

たとえ、この事をピアノ教師の彼女に話したとしても
音楽教師の父親を持ち
ピアノが好きで懸命に練習している彼女には
まったく理解できなかっただろう。
想像もできなかったろうと思う。
当の本人の私ですら自分の親が理解できなかったのだから。
受験の時期が近づいてピアノを止める事になった時
解放されたのだと本当に嬉しかった。

だから、私は世界で一番ピアノが嫌いだった。
長い事嫌いだった。
聞くのも見るのも嫌だった。
この世で最悪の楽器だと思っていた。

ピアノ曲を聴く事に苦痛を感じなくなったのは
ここ2・3年である。
ずいぶん回り道をしたものだ。
by kumorinotini | 2007-06-17 11:12 | ワタシ | Comments(0)

ミラーサイトだったのに、本家になっちゃって・・・


by kumorinotini