人気ブログランキング | 話題のタグを見る

女王様にはダイヤモンドを  1/2

その日は秋にありがちな透明感に満ちた青空の広がる日だった。
あたしが鼻歌まじりで事務所に入っていくと社長が慌てた様子で電話している。
電話を切るか切らないかのうちに、社長はあたしを振り返って言った。

「涼子が万引きと間違えられて捕まったらしい」

「・・・どこでですか?」

「『宝石のメビウス』だ」

「涼子さん、今、警察ですか?」

「いや、幸いメビウスの事務室だ。警察を呼ぶと店側が言ってるらしい」

「マズイじゃないですか」

「マズイ。かなりマズイ。だから・・・行ってくれるな?」

社長はかなり必死な目で私を見た。
はいはい。行けばいいんでしょ。
ったく、最近、仕事以外の依頼が多過ぎない?

というわけで、
『宝石のメビウス』に社長と二人で急いで駆けつけると
店長ですと名乗った中年男(ネームプレートは岩城だった)が案内してくれたのだが、
彼は奥の事務室とやらに入る前にあたしたちに囁くように言った。

「三枝さまにはこれまでいくつもお買いあげいただいておりますし
 これまでも、これからも大事なお客様でございます。
 それに、そのぉー女性の方は、体調の万全でない時もございましょうし
 今回、お隠しになられたものを全部お返し頂ければ
 当店としても事を荒立てるつもりはまったくございませんので
 そのへん、よーく、お話し頂きたいと思っております」

三枝は涼子さんの苗字ね。
さすが客商売、物言いが並でないわ。
あたし達も見習わなくちゃ。
って意味ないか。

店長がドアをノックして名乗ると、背の高い男がドアを中から開けた。
あたしと社長は店長に背中を押されるようにして事務室に入った。
さっきのノッポ氏が素早くドアの前に立つ。
服装からすると警備員らしい。
たぶん誰も逃げないようにしているのだろう。

事務室の中にはデスクとチェアーのほかに向かい合わせに小さめのソファとテーブルがあって
涼子さんは憮然とした顔でそのソファに座っていた。
涼子さんの眉間には縦に激しく皺が寄っている。
これは「不当な扱い」を受けた時に必ず現れるものだ。
あたしは涼子さんの無実を信じた。
勘もしくは女の直感てやつ。

眉間にくっきり皺を寄せた涼子さんの向かい側には
ガムをくちゃくちゃ言わせた派手な若い女が座っていた。
何色使ってるのかわからないぐらい多色遣いの薄手のトップスを
さらに数枚重ね着している。
ミニスカートかと思ったら、ピチピチのショートパンツだった。
長い足の先にひっかけたミュールをブラブラさせて
こちらもどことなく不満そうにしている。
指ごとに色の違うペディキュアがさらに色数を増やしているんだけど
それでも、けっこう様になるのだから、若いって良いわねぇ・・・。

って、誰、この女?
と、社長がとびきりの作り笑顔で言った。

「涼子ちゃあ~ん、えーーと、どうしちゃったのかなぁー?」

涼子さんは30代半ばで、立派な体格をしており、
キャラも<可愛い>系で売っているわけではないので
「涼子ちゃん」と呼んでも、違和感があるのだけど
社長は何かを誤魔化そうとするときはたいていスタッフを<ちゃん付け>で呼ぶ。

と、<涼子ちゃん>が言った。

「盗ってないのに、盗っただろって言うのよ。それで調べてよ、って言ったら
 手提げに何故か指輪が入ってたのよ。だけど私、万引きしてないわよ。
 アクセは働いたお金で買うものだって思ってるし、
 毎回、ちゃんと買ってるじゃない。なのにこいつら・・・」

足を組み替えて、むっとした様子を隠さない涼子さんにお店の人は慇懃に言った。

「指輪1個だけだったら良かったんですが・・・ほかにもいろいろと」

「だから、私じゃないって言ってるじゃない!あの指輪だって知らないうちに
 入ってたんだもの。私じゃないわよ」

「ですがお客様、どうやったらトレイの上の指輪が何個も消えてなくなって
 そのうちのひとつがお客様の手提げ袋に入るというのでしょうか?
 今のうちに返して頂ければ、こちらとしても大事≪おおごと≫にはしないつもりですが」

「だから、盗ってないってさっきから言ってるでしょ!」

堂々巡りというか、同じ事の繰り返し。
涼子さんにはちょっと頭を冷やしてもらわなくちゃ。

「涼子さん。あたしは涼子さんを信じますよ。だから、最初から話してくださいよ」

「最初も何も、いろいろ見せてもらったけど、気に入ったのがなかったから
 帰ろうと思ったら『指輪を盗った』って言うんだもん」

「誰が言ったんですか?」

「このガム女よ」

派手な女の子が口をとがらした。

「私、並木って名前がちゃんとあるんですけどぉー」

「人の事を泥棒呼ばわりする女はガム女でいいのよっ」

「涼子さん、事をややこしくしないでくださいよ。
 えーーと、並木さん、でしたね、
 この人が指輪を手提げに入れるところを見たんですね?」

ネイルアートを施した爪を気にしながら、ガム女はだるそうにうなづいた。

「本当に見たんですか?」

「んもお!しつけーなー。見たものは見たんだってば!
 そのオバサンが手提げに入れたんだよ」

「ちょっと、オバサンて何よ、オバサンて!」

とガム女につかみかかりそうな涼子さんを
「まあまあまあ・・・」と社長が必死に押さえた。

「涼子さんはちょっと静かにしててくださいね」

あたしはひっそり立っていた店長に聞いてみた。

「あのー監視カメラはないんですか?」

すると店長は少し恐縮した様子で

「うちのは店に入っていらっしゃるお客様だけお撮しするようにしておりまして
 ・・・他のはダミーでございます」

甘い監視。
じゃあ、涼子さんがどういう動きをしたかわからない訳か・・・
となると、唯一の目撃者に聞くしかない。

「あたしはこの若い女性に話を聞いてみますから、
 涼子さん、邪魔しないでくださいね。
 ・・・・並木さんが見たのはわかりました」

この人は、と涼子さんを指さして

「どっちの手で指輪を盗りましたか?」

ガム女はちょっとより目になって考えこんだ。

「えーとー・・・右手?うん、右手」

「確かですか?」

「つーか、どっちの手だっていいじゃん。盗った物は手提げの中にあったんだしぃ」

かまわず質問する。

「どうして、指輪だってわかったんですか?」

ガム女は、意外な質問をされたという顔をして、また考え込んだ。

「んとーー・・・キラッて光ったからじゃない?」

「光ったんですね?」

「・・・たぶん」

あたしは自分の指輪をはずし、つまんで彼女に見せながら

「指輪って、ほら、小さいですよね?指でこうやって端っこをつまんで
 やっと指輪ってわかるほどです。
 この人はこんな風に指輪だって事が周囲の人に見えるように
 ご丁寧に端をつまんで紙袋に入れようとしてたんでしょうか?」

ガム女は最初うるさそうに聞いていたが、さらにより目になって考え出した。(続く)
by kumorinotini | 2007-10-08 07:23 | 創作

ミラーサイトだったのに、本家になっちゃって・・・


by kumorinotini