カテゴリ:創作( 26 )


あたし、ララ。
サモエド犬の女の子よ。
真っ白でふわふわもこもこなの。
パパとママとおーちゃんとちーちゃんと暮らしてまーす。
えと、趣味は食べることと遊ぶこと。

とある晩秋のある日、
あたしがママとお庭にいると お向かいの向田さんがやってきたの。
お向かいに住んでいる人が向田さんて名前だなんてできすぎだけど
本当のことなんだもん。
とにかく向田さんがやってきたの。
向田さんはあたしの頭をグリグリまでながら感に堪えたように言ったわ。

「いっつもきれいにしてるのねー」

そういわれてママが

「ちゃんと世話しないときれいな花は咲かないし、手をかけた分だけ応えてくれるのも花だからね」

とニコニコしながら答えると、向田さんもニコニコしながら言った。

「私もお花が好きなんだけど、庭つきの家はちょっと買えなくってー。
 そこでこうやってご近所の庭を眺めたり、
 切花を買ってなんとかしのいでるのよ」

「あら、こんな庭でよかったらいつでも眺めに来てよ。
 うちはいつでもウェルカムよ。
 でも、向田さんちの出窓の花飾りだっていっつも素敵よぉ」

「本当?そう言ってもらえるとうれしいわぁ。
 これでも、あれこれ気にして考えて活けたりしてんのよ」

なあんだ、「きれい」なのはあたしじゃないんだ。
ちょっとがっかり。
あたしの事かと思っちゃった。
だってあたし、昨日、大嫌いなお風呂にいれられて
今日はピカピカのふわふわだから、てっきりあたしの事だと思っちゃったの。
勘違いしても仕方ないでしょ。
あ~あ、お庭の事だったなんてね。
ほめてもらえて何か美味しいものももらえるのかなと思ったんだけど。

でも、ママのお庭がいつもきれいにお花が咲いているのは本当のことなのよ。
ママは特にバラが好きなんだけど、バラの中でも豪華なのじゃなくて可愛い感じのが好きなんだって。
だから、やさしいピンク系やクリーム系のが多いのよ。
赤いのもあるけど、それは蔓バラっていうのかな、花が小さいヤツね。
そのほかにもいろいろあってね、季節によって咲く花は変わるから、
ママのお庭は冬以外はいつもお花にあふれているの。

あたしはママのお庭が大好きよ。
なんていうのかなぁ、気持ちの優しくなる匂いであふれているの。
心がギザギザしないのよ。
これって大事よー。

向田さんはママの招きに応じてお庭の中まで入ってきてお花を眺めながら
「この秋明菊って菊っぽくなくて好きだわぁ」
「あら、私もよ。だから、まー、植えたんだけどね。」
なんてママも相手をしている。
ぷぷ。
ママったら、ちょっと前まで秋明菊のことをコスモスの一種だと思ってたくせに。
でも、昔から知ってたみたいにしてお話ししてるのよ。
それにしても、あ~あ、お話が始まったら長いのよー向田さんは。
今日はママも忙しそうじゃないし、こういう時は寝るに限るわ。

ママの足元に横になって、と。

ん?

オレンジ色のバラの株のあたりに見え隠れしているのは・・・伯爵夫人じゃないかしら?
近寄ってみるとやっぱり伯爵夫人。
なんだか相談事がありそうよ。
あたし暇だったから、つきあうことにする。

「もうしわけありませんわね、ララさん。
 犬の問題じゃあないんで、ちょっとあれなんですけど、
 お花の事にくわしいのはやはりララさんだと思いますし、相談してみようかなぁって。
 かまいませんこと?」

「んん、何?何?そこで帰ってしまったらかえって気になるってもんじゃないの」

「そうお?実はね。迷子の子猫がいますの」

「迷子の、ってあらやだー子供向けの歌みたいじゃないのー♪迷子の迷子の~って」

「そうですわね」

「やっだーー!!アタシが犬のオマワリさん?あ、違うーー婦警さんね」

「ララさん、お話をさせてくれませんこと?」

「あ・・・はい」

「でね、昨日、迷子の子猫を見つけたんですの。
 とりあえず、あたくしたちのアパルトマンに連れていって話を聞いたら、
 お花でいっぱいの家にいたって言うじゃあありませんか。
 そこからふらふらと遊びに出てしまって、迷ってしまったってことですの。
 もといた家の事をぜんぜん覚えていないようなら、
 あたくしたちと同じロハスな生活をしてもいいと思うんですけど、
 けっこういろんな事を覚えているようなんですの。
 それで探せるものならその子の家を見つけてやろうって思いましてね。
 で、このへんでお花がいっぱい、といえばララさんのお宅ですものね。
 ひょっとしてララさんのお宅で猫でも飼い始めたのかなと思ったんですけど・・・」

「ううん、うちではアタシだけよ。猫は飼ってないわ」

「あら、そうですか・・・その子が言いますにはね、
 とにかくお花でいっぱいのおうちだったんですって。
 その子自体の出身は話を聞くとどうも・・・その・・・捨て猫だったらしいんですの。
 目もよく開かないような小さい頃に寒くて空腹だったのが
 急に暖かくてミルクもいっぱいご飯もいっぱいのところに移ったって言ってましたからねぇ。
 たぶん、捨て猫だと」

そこまで言ってから伯爵夫人は切なそうな悩ましいような表情になった。
自分の来し方を考えているのかしら。

伯爵夫人は捨て猫とか野良猫とかいう言い方にどうも抵抗があるみたいで、
野良のことは「ロハスな猫」って言うの。
「ロハス」という言葉を知る前は「自由猫」って言ってた。
でも、今は「ロハス」が気に入ってるみたい。
捨て猫の事はそれ以上言い換えできないから捨て猫って言い方をするんだけど。

でも、必ず切ないような悩ましいようなそんな表情をするの。
一度聞いてみたいんだけど、なんだか伯爵夫人のプライドにかかわりそうで聞けないでいるのね。
本当は家猫になりたかったのかな、と思わないでもないんだけど・・・わかんないわ。

でも、伯爵夫人はお屋敷に住んでててもおかしくないくらい、品がいいのよ。
ロシアンブルーとシャムのミックスみたいって誰かが言ってるのを聞いたわ。
あたしよくわかんないけど、とにかく上品なのよ。
でも、今は伯爵夫人言うところの<アパルトマン>に住んでるの。
<アパルトマン>っていうとあれだけどさ、あたしたちが猫オバサンって呼んでる女の人が
自分ちの軒下にダンボールでこしらえてくれたお家なの。
古毛布もいれてくれて日の差すときは冬でもけっこう暖かなんですって。
猫オバサンはあちこちに頭下げてちゃんと世話しますからって、たくさんの猫の世話をしてるの。
偉い人間ってこういう人をいうんだと思うわ、あたし。

えーーと、何だっけ?

そうだ、迷子猫のおうちの話だ。
夫人の話はさらに続きました。

「で、先住猫がいたんですって。その子はおねえさんって言ってましたけど、
 ひきとられたお宅にすでに住んでいて、いろいろ教えてくれたって事は
 先にそこに住んでたってことですわね。
 そこには人間の夫婦とそのお嬢さんが3人いて、
 で、お花がいっぱいだったというわけですの」

「あら、うちはお嬢さん二人よ。3人いないわよ」

「存じてますわよ。でも年端もいかない子猫ですしね、
 白くてケモジャなのを3人目のお嬢さんと、間違える可能性だってあるじゃありませんの。
 あたくしは勝手な思い込みで動かない女なんですのよ。
 ちゃんと確認する方なんですの」

あ、はい。納得。
きちんと証拠をそろえるタイプなのね。

「で、その子の家がララさんところじゃないのはわかりました。
 で、ここから相談なんですの。
 ほら、ララさんてママさんとあちこちお散歩なさいますでしょ?
 そのときにそういうお宅を何軒か見かけたことがないかしらと思いまして。
 花好きは花のあるあたりを歩きたがるのじゃないかって・・・どうかしら?」

「う~~ん、あまり気にしたことはないけど・・・
 今度お散歩に行く時は気をつけて観察するね、でもって、みんなにも言っとく。  
 でも、お花だらけの家のほかにもっと情報はないの?」

「そうですわね・・・本人に会ってみます?すぐに連れてこれますけど」

「連れてこれるんなら、そのほうがいいなぁ」

「わかりましたわ、ちょっとお待ちになって」

伯爵夫人はさっと茂みを抜けると本当にすぐ戻ってきた。
どうも近くに待たせていたみたい。
赤ん坊時代を脱している子猫が太った茶トラの猫に連れられてやってきた。
茶トラの猫は落ち着かなげにあちこち見回しているの。

「こちら、トラジロウさん、そして、この子が例の子猫ちゃんですのよ」



トラジロウさんは あ、どもどもってへこへこして挨拶したあとに、子猫に「ほら、挨拶しな」と教えていた。子猫はすごくかわいい声で
「こんにちわ、白いおねえちゃま」
と言った。
ぐふ、かあいい子!
あたしはおどかさないように低く伏せて子猫に聞いてみた。

「こんにちわ、ニャンコちゃんのお名前は?」

「パトラ」

「パ・・・パトラ?ひょっとしてパトラッシュのパトラとか?」

子猫はふるふると首を振った。

「アタチもアタチのオネエタンもすごくビネコだから、
 オネエタンがクレオでアタチがパトラ、ふたり会わせてクレオパトラなんですって。
 ねえ、白いおねえちゃま、ビネコってなあに?」

子猫は柔らかな灰色の毛を持ちすばらしくきれいな青い目をしていた。

「クレオパトラは知ってるの?」

知ってる、と子猫はうなづいた。

「世界一きれいな女の人の名前だってオネエタンが言ってた。
 オネエタンはなんでも知ってるの、たくさん教えてくれるのよ。ねえ、おねぇちゃん、ビネコってなあに?」

「ビネコってのはね、まあ、見た目のきれいな猫ってことよ。
 パトラちゃんが可愛いってことね。さてとお花がいっぱい、って言ってたけど、
 どんなお花だったかわかる?
 名前がわからなくても、色とか形がわかるだけでもいいんだけど」

「名前わかるよ。オネエタンが教えてくれたから。
 んとねーご飯食べるとこが白いバラでねー、
 そいでねー大きいおねえちゃんのお部屋がピンクのコスモス、
 中のおねえちゃんとこは黄色の菜の花で、
 そいでそいで下のおねえちゃんのお部屋が青い朝顔なの。
 いっつもきれいに咲いてるの。んとね、それからねー、お風呂はジャングルでねー、
 おトイレは柚子なんだって」

「あら、でも、今は咲いてないでしょ?ほら、もうすぐ冬だし、コスモスの咲き残りがあるかもしれないけど」

「ううん、全部きれいに咲いてるの」

全部咲いてるって言ってもねぇ。
バラはともかくコスモスは秋だし、菜の花は春、朝顔は夏休みの宿題にもなるくらいだから夏。
う~~ん、温室があるのならわかるけど、それでもそれぞれの部屋に温室があるってのも すごすぎない?
それほどすごいお屋敷なのかしら・・・?
そのうえ、ジャングルって何よ。
柚子って何よ、だわ。
お屋敷って聞いてもこの子、わかるかしら?

「わかんない。オネエタンが<4エルディーケー>って言ってたよ。
 だから、金色の缶詰は特別の時しかもらえないんだって」

金色の缶詰?ああ、高いヤツってことね。
4エルディーケー?ああ。部屋の数のこよとね。
そうか、お屋敷だったら、6とか8とか、きっとすごい数よね。
ちなみにうちは3LDK。
あらら、話がそれちゃった。

そんなにお花があるって事は・・・
いっつも切花を飾ってあるってことかしら、向田さんちみたいに。
でも、それだと朝顔が・・・朝顔は鉢?
それとも造花かなぁ・・・?
お風呂がジャングルってのも全然わからないし・・・ もっとつっこんで聞いてみるとするか。

「そのお花はいい匂いがした?」

「しないよー」

「触った感じはどう?」

「ヒラヒラなの」 

「ヒラヒラ~って散ってきたのね?」

「ううん。散ったりしないよ。
 飛びついたら爪がひっかかるから気をつけなさいってオネエタンに言われてたのに、
 1回飛びついてブランブランしちゃった。爪がもげそうになったの」

「ブランブラン?!」

思わず伯爵夫人とハモッてしまったわ。
あたしはあわてて聞いてみた。

「じゃあ、お花もろとも倒れたりしたの?」

「違うの。ぶら下がったの。爪がはずれなかったの」

きゃあああーー!!あたしも経験あるわ。爪がはずれなかったの。

「そ・・・それは、そのぉー・・・ひょっとして」あたしはママ手作りのカーテンにあごをしゃくってみせた。「ああいうもの?」

パトラはニコニコして言った。

「うん、あれ。おねぇちゃまんとこは知らないお花なのね。何のお花なの?」

「あれはね、お花じゃなくて雪の結晶の模様なの」

いや、そんな事はどうでもいいのよ。はぁ~カーテンの事だったのか・・・だとしたら、昼間はカーテンなんて両脇に寄せてあるから、犬友達に聞いても無理かしらね・・・ここはやはり猫さんたちの出番かも。
そうよ、そうよ、猫の問題は猫に、ってね。

でも、花模様だらけのカーテンの家を捜すにしたって町の中を全部捜して回るなんて、あまりにも非効率すぎる。伯爵夫人に聞いてみよう。

「この子はどのへんで迷子になってたの?」

「青い木馬公園ですわ。あそこの植え込みのところでみゃあみゃあ泣いてたそうですの。
 見つけたのはこのトラジロウさんですのよ。
 うっかり家から出てしまって冒険している間に迷ってしまったんだそうですわ」

「じゃあ、捜すのは青い木馬公園のあたりね。でさ、犬ってのは昼間散歩するじゃない?カーテンをひいて模様がわかるのは、やっぱ夜よね」

「あら、そうですわね。じゃあ、あたくし達の仲間に呼びかけてみますわ。でも、そのぉ・・・」

「うん、わかった。今日の散歩のときに犬の連絡網を回しておく。情報はたくさんあった方がいいもんね」

「ありがとうございます。では、明日。ごめんあそばせ」

伯爵夫人は子猫とトラジロウを従えてひらりと植え込みの向こうに消えていったわ。

さて、今日の散歩は忙しくなるわね。
うまくコーギーのコーチャンに会えるといいんだけど・・・・
コーチャンに会えますように、と願いながらママに合わせて歩いていると本当にコーチャンに会えたのよ。願えば夢は叶う、ってなんだかディズニーみたいね。
迷子の子猫の話をするとコーチャンはいたく心を動かされたらしく、
眉間にしわを寄せて記憶をたどり始めたので、あたしは黙って待ってた。
しばらくしてから、コーチャンは検索終了みたいな顔になって

「その家はたぶんあの窓辺のすごく華やかな家だと思うんでやんすけど・・・
 確信はありやせん。
 大将(=コーチャンの飼い主)がね、おお、この家は窓に花園がある、
 これはガーデニングじゃなくてカーテニングだなぁなんて一人で笑って受けていやした。
 しかも、その家、ちょうど青い木馬公園の近くでして」

というわけでコーチャンはシッポを振って耳を動かしてその場所を教えてくれたわ。これが<当たり>だったら、猫さん部隊を出動させなくてもいいみたいね。

次の日、あたしは庭にやってきた伯爵夫人にコーチャンの情報を教えたの。伯爵夫人はすぐに子猫を連れていってみると言って急いで帰っていったわ。



しばらくしてから、伯爵夫人がまた植え込みをくぐってやってきた。

「ララさん、あの子はちゃんと家に戻りましたことよ。
 あの子はベランダの付近はよく覚えてなかったみたいでしたけど、
 レースのカーテンがバラの模様でしたし、家族の匂いがする、なんて申しますのでね
 あの子をそっとベランダに置いてみましたの、
 であの子がミャアミャア泣いたら女の子が3人飛び出してきて
 あの子を抱き上げてとても喜んでいましたのよ。
 落ち着くべきところに落ち着いたってところですわね。
 そしてね、ビックリしたんですけど、一番小さな女の子があたくしとトラジロウさんに気づいたんですの、
 そうしたら、3人でヒソヒソ話をいたしましてね、一番大きい方がお皿にキャットフードを山盛りにして
 あたくし達の方にさしだしてくれましたの。
 ありがとう、あなたたちが連れてきてくれたのねって、
 お腹が空いたらいつでも来てねって言ってくださいましたのよ。
 優しい良いお嬢さんたちで、あの子は幸せですわね。
 本当に幸せですわ。いくら飼われていても、そうでもない場合もありますものね」

あたしもひどい扱いを受けている仲間を何匹か知ってるので、伯爵夫人の言葉を聞いてちょっとしんみりしちゃった。
そうなの、生きている楽しみがないようなひどい扱いを受けている動物がいるのも確かなのよね。
可愛がる気持ちがないんなら、どうして動物を飼うんだろうって思うし、そういう仲間をみかけると悲しくなるわ。
あんまりひどいとママたちが相談して新しい飼い主を捜したりする時もあるんだけど、それは数少ないの。
本当に稀なの。
それにひどい飼い方をしているくせに「他人が文句言うな」なんて怒りだす人もいて、話がうまくつかない事が多いんだって。
良い家族とめぐり合って幸せに暮らすって意外と難しいことなのかもしれないわね。
とあたしがつらつら考えていると、帰りかけた伯爵夫人が振り返って

「でもねぇ、ララさん、あたくしはロハス猫ですけど、
 猫おばさんもいるしアパルトマンもあるし友達もいるし、
 こういう素敵な人間のお嬢さんに会えることもあるし・・・
 欲張らなければけっこう幸福な生活だと思いますのよ。
 つまりは安心して眠れる所と好意を持ってくれる人とポッチリのご飯があれば、ってことですわね」

ってチャーミングに笑ってから
 「では、ごきげんよう」と言うか言わないかのうちに
スラリと植え込みの向こうに消えていったの。

伯爵夫人の消えたあたりを見ながらあたし強くうなづいてたわ。
そうよ、そのとおりよ。
伯爵夫人の言うとおりだわ。
寝るところと大好きな人とポッチリの・・・・

オホン。

ご飯は山盛りを希望します。
[PR]
by kumorinotini | 2008-09-25 08:01 | 創作

ショートショートです。

けっこうありがちな内容ですがよろしければ・・・




「僕の大好きなミホちゃん」

僕はミホちゃんが大好きだ。

ミホちゃんは女子高校生。
栗色の髪の毛をゆったり三つ編みにしているんだけど
それが色白のミホちゃんによく似合っているんだ。

一度、面と向かってミホちゃんに近づいた事があるんだけど
ミホちゃんは悲鳴を上げて逃げた。
僕のどこがいけないのかわからないけど
僕はミホちゃんに嫌われているみたいだ。
すごく悲しい。

仕方ないから、ミホちゃんの部屋にいくのは もっぱら留守か夜中。
こっそり忍び込むんだ。
夜中にこっそり侵入してミホちゃんの寝顔を眺めた事だってある。
ミホちゃんの肌の産毛が見えるほど近づいて眺めたんだ。
色が白いったって、紙みたいに真っ白じゃないんだ。
白の奥の方にうっすらピンクが透けてみえる、そんな白さなんだ。
それが除夜灯でほんのり見えて
きれいだったなぁ・・・可愛いかったなぁ・・・

ミホちゃんが眠っているあいだに
ミホちゃんの服にそっと触れてみたり
ミホちゃんのバッグの中を覗いてみたり
時々は飲み残しのジュースを頂く事もある。
僕はそれだけで充分幸せだから。

今日も・・・
あ!
ミホちゃんが帰ってきた!
ヤバイ!
隠れなきゃ。
僕は急いで机の下に隠れる。
ミホちゃんが来ませんように。
見つかりませんように。
ウワー、僕の心臓の音がミホちゃんに聞こえそうだ。

・・・

大丈夫、鞄を置きに来ただけみたい。

ふう・・・

机の下は見つかる確率が高いから
ベッドの下に移動しよう。

あ、また、誰か来る。
あの足音はミホちゃんのパパだ。
どうして?
パパはミホちゃんの部屋には滅多に来ないのに。
だから、安心してミホちゃんの部屋に侵入してたのに。
ミホちゃんがパパに何か言ってる。

「絶対、アイツがいたのよ。あたし、ちらっと見たもん」

「本当にいたのか?」

「いたってば!机の下にいるのが見えたもん」

「どれ・・・机の下にはいないなぁ。
 動いたのかもしれないな」

と、ミホちゃんの悲鳴が聞こえた。

「パパーーー!ベッドの下にいるーー!」

ピンチ!
とにかく部屋を出なくちゃ。
僕はベッドの下から走り出る。
と、間髪を入れず、大きな物がバシンという音ともに僕の全身を潰した。
痛い・・・痛いよう・・・
身体がバラバラになったみたいだ。
僕は薄れ行く意識の中で大好きなミホちゃんの最後の声を聞いた。

「パパ、そいつの始末もしてよね。
 ああ、やだ!
 ゴキブリだけは絶対駄目。存在自体が許せないよ」

ミホちゃん・・・大好きなミホ・・・・ちゃん・・・
[PR]
by kumorinotini | 2008-03-31 09:18 | 創作

男は語る。

「あの白い毛もじゃの犬ーーサモエドとか言うらしいけど、
あれを飼っているあの家、
夫婦で働いてるし上の娘もOLらしいし、やたら贅沢はしてないから
たんまり貯めているだろうと前から目をつけてたんだが、
犬だけがネックだったんだよな。

だけど、聞くところによると
やたら人なつこくてすぐに大人しくなるって言うじゃねえか。
まあ、俺達泥棒にとって犬ってのは鬼門だけど
人間が好きで すぐおとなしくなるなら、そんなに邪魔にならねぇだろうし、
食い物でもやっておけばそれ食っておとなしくしてるだろうし。
いや、先輩の中には、そんな物、ぶっ殺しゃいいって人もいるけど
いくら動物でも 殺しちまうのは後生が悪いしさー
俺は空き巣であって、強盗じゃあねぇんだよ。
そこんとこ、きっちり守っていきたいんだよな。
プロのプライドってやつ?

本当は犬のいない家がいいんだけど、俺、今、切羽つまってるんだ。
多少の危険は犯したっていいってくらい今厳しいんだよ。
だから、まあ、しょうがないって事で。

犬はネックだけどさ
実は俺、けっこう犬好きなんだよね。
あのうちは犬のために夏場は通りに面してない部屋の窓を
10㎝くらい開けていくんだよ。
うん。何回もあそこら辺は下見したからバッチリなんだ。
不用心にも程がある、入ってくださいと言ってるようなもんさ。
折角開けていってくれてるんだから・・・
おいおい、こんなに簡単に窓が開いていいのかよ。
本当に不用心な家だなぁ。
では、ひとつ失礼させてもらいますか。



ふぅーーーっ!
チキショーあのクソ犬、ものすごい勢いで来やがったうえに、
飛びかかってきやがったぜ。
いそいでソーセージを投げたら、なんと一呑みにしやがった。
ちゃんと噛まねぇと腹に悪いだろ。
そこで大人しくするかと思ったら、
また飛びついてきやがったぜ、俺の喉めがけて!
あれは絶対、俺の喉笛を食いちぎろうとしたんだな。
何が人なつこくて、すぐにおとなしくなる、だよ!
俺様は運動神経がいいから、さっさと逃げて助かったようなものの
ちょっとドンくさいヤツだったら
今頃あの毛もじゃにズタズタにされてるところだったぜ。
それにしても、あんな狂犬みたいな犬、飼っちゃいけないな。
そのうち、きっと誰かがアイツに噛まれるぜ。
あーー危ないところだった。
やっぱ、俺達の商売にとって犬は鬼門だな。
先人の言う事に間違いはないってか」



サモエド犬ララも語る。

「あ~~ん、せっかくお兄ちゃまがオヤツ持って遊びに来てくれたのに
すぐ帰ってしまって、ララ、つまらないっ!!
大歓迎だから、お顔ペロペロのサービスをしてあげようと思ったのに
どうしてすぐに帰っていっちゃったのかしら?
ペロペロが足りなかった?
ううん、それは違う。
だって、全然ペロペロできなかったもん。
それにいっぱい飛びついて歓迎の気持も見せてあげたのにぃ!
パパとママがいなかったからかなぁ・・・
でも、アタシ一人の時に来るってことは
アタシと遊ぼうと思って来てくれたんだと思うんだけどなぁ・・・
そうよねぇ、オヤツ持参って事はそういう事よねぇ。
忙しかったのかなぁ?
あーーでも、あのオヤツ、美味しかったわぁ!!
また来てくれないかしら。
ララちゃん、大歓迎よ。


あ~あ、つまんない。
つまんない。
つまんなーーーい!
寝ちゃおうっと。

zzzzzz

あ・・・パパとママの声がする!
帰ってきたんだ、ワーーーイ、ワーーーイ。
お帰り、パパ、ママ。
アタシ、良い子にしてたわよ。
あ・・・お客さんのお兄ちゃまはうまく接待でなかったけど・・・
おっと、内緒、内緒。
失敗は自分から告(こく)らない。
「やったでしょ?」って言われても 認めない。
これ、飼い犬の鉄則よ。
それよりもパパとママがいるって事はそろそろご飯の時間よね。
アタシのお腹もそう主張してます。
ご飯はまだかなぁ?
あら、
ママが何か言ってる。
「和室に足跡がある!」だって。
ああ、お兄ちゃまの入ってきた入り口ね。
あら、ママったらいきなり顔つきが変わったわ。
何、何?
「和室の窓から入ったらしいけど、すぐ出てったみたいね。
 ほら、ここで足跡が逆向きになって窓枠にも跡があるし」
パパも言ってる。
「帰りの一歩はえらく大股だなぁ」
「すぐに出ていったって事は何も盗っていってないって事よね。
 調べた方がいい?一応、ゲンキンは置いてないけど」
おやおや、パパとママったら、なんだか慌ててあちこちの戸棚を覗いてる。
うふふ。
ララちゃんのオヤツとご飯は台所の一番左の上の扉の中よ。
ちゃあんと知ってるんだからぁ、
・・・って、オヤツでもご飯でもないの?

何なの?

何なの?

どうしたの、ママ?
え?
「ララちゃんが泥棒を追い払ってくれたのね」
あら、パパまで
「偉いぞ、ララ」
って。
ふふふ、それほどでもぉーー。

え?
て事は・・・あのお兄ちゃまは泥棒だったって事?
そっか、泥棒だったのか、なんて納得してる場合じゃないわよぉ。
なんで、なんで泥棒があんなに簡単に入って来るわけ?
鍵のカチャカチャも聞こえなかったわよ。
・・・・・
パパ、ママ、この家、不用心すぎない?
可愛いララちゃんが酷い目に会ったらどうする気?
そうよ。
こんなに可愛いんだから あんな目やこんな目に遭うかもしれないじゃない。
んもおっ!
気を付けてよね」
[PR]
by kumorinotini | 2008-02-25 14:46 | 創作

女王様の宝探し 2/2

(続き)

2番目のアリス?
教授を見ると途方にくれている。

「家内は私にどうしてほしいんだろうね・・・?」

「2番目のアリス、という言葉で思いつく事はありません?」

「2番目というか・・・アリスというと『不思議の国』だねぇ」

「あ、そうだ。アリス物って2冊ありますよね?」

「ああ、『不思議の国』と『鏡の国のアリス』だね。
 あれはね、不思議の国との語呂合わせで
 <鏡の国>って邦題にしているけど、正しくは
 Through the Looking-Glass, and What Alice Found Thereなんだよ。
 そうだねぇ・・・訳すと、鏡を通って」

「え?鏡を通って?」

「ん?そうなんだよ。ミラーも鏡だけど、ルッキンググラスも鏡でねぇ」

「この部屋の鏡といったら、ドレッサーとこの手鏡くらいのもんですよね?」

あたしは手鏡を持ってしげしげと眺めてみた。
う~~ん、特に仕掛けはなさそうだ。
となると、この立派なドレッサー?
あたしは引き出しを片っ端から開けてみた。

でも、2番目のアリスは「鏡を通って」鏡の国に入っていくのだ。
引き出しじゃあ、「鏡を通って」いないわね。
でも、童話じゃないんだから、生身の人間が鏡を通れるわけがない。
でも、「通った」わけだからと強引に考えながら、鏡の前に立ってみた。
表面に何か書いてあるわけではなさそうだ。
だいいちきれいに磨かれちゃってるし。
斜めから眺めても中に何か彫ってあるわけでもなさそうで、
だいいち素人にそんな事ができるわけないしね。

となると・・・ 
あたしは教授に断ってドレッサーに乗り、鏡の裏をのぞいてみた。
あった、あった。
なにやらガムテープで張りつけてある。

「教授、ガムテープで何か張ってあります。はがしていいですか?」

教授の許しを得て、その包みをガムテープごとはがしてみた。
包みの中にはたたんだ紙が入っていて、そこには「クリスマスの歌」とだけ書かれてあった。
あたしはその紙を教授に見せた。
教授はちょっと首をひねっていたが、ぱっと顔を輝かせて言った。

「これは、ディケンズの『クリスマスキャロル』かな。
 じつは、子供向けに絵本にしたものを家内が気に入ったんで
 クリスマスプレゼントにしたんだよ」

教授はいそいそと小さな本棚から色鮮やかな絵本を取り出した。
手にとると何かがはさまっていて絵本は自然と開いた。
中ほどのページにセロテープで小さくたたんだ紙片が貼り付けてあった。
紙をはがして、開いてみると
     『永遠の少年が庭で待っている』
と書いてあった。

「心当たりあります?」

教授はややしばらく考えてから言った。

「ここまで全部イギリス文学でまとめてきて、これが違うって事はないだろう。
 それに全部メジャーなものだ。となると、『永遠の少年』というと
 ピーター・パンが思い浮かぶんだがね・・・庭というのは何の事なんだろう?」

「今まで、場所の指定はありませんでしたよね?
 場所の指定は初めて、となると本当のお庭かもしれませんね。
 ほら、奥様の遺言にお部屋とお庭はそのまま、っていうのが
 あったじゃないですか、お庭にピーターパンの置物とか
 飾りとか、そういうのないんですか?」

「庭ねぇ・・・私はガーデニングにはまったく興味がなかったからよく知らんのだよ」

「じゃあ、お庭に出てみましょうよ。行ってみればすぐにわかるかもしれませんよ」

教授はまだまだぐずぐず言っていたが、強引に引っ張って外へ出ると
庭の方に回ってみた。


庭に行ってみて教授がぐずぐずしていた気持ちがわかった。
庭はめちゃくちゃ広かったのだ。
これを全部見て回るのかと考えただけでウンザリしてきた。
でも、待てよ。
亡き奥様が「いじらないで」と遺言したかもしれないけど、
この庭全部を奥様が管理していたとは思えない。
あたしは教授に聞いてみた。

「家内が世話していた所ねぇ・・・
 詳しくは知らないがバラが大好きでこまめに面倒をみているよ。
 花がら摘みっていうのかね、そういう事も自分でやっていたみたいだし
 きゃあきゃあ言いながら虫退治なんかもしていたみたいだけどねぇ」

「じゃあ、バラのお庭だけ見てみましょうよ。そこにヒントがなかったら・・・
 庭師さんは頼んでるんですか?」

「うん。これだけ広いと一人では手が回らないから植木屋さんを頼んでるんだ」

「じゃ、何もわからなかったら、あとでその植木屋さんにも聞く事にしましょうよ」

そうだね、といいながら教授はかなりの数のバラを前にして困惑気味だったけど、
あたしはワクワクした。
奥様の遺言探しもいいけど、この咲き誇るバラを前にして
嬉しくならない女は少ないだろう。
バラと宝石とレースとリボン。
女をウキウキさせるアイテムのひとつだもの。
というわけで教授には申し訳ないけど、
あたしが「ピーターパン」を捜しながらバラ園も楽しんでいると、突然教授が叫んだ。

「ああ!そうだ!ピーターパンだよ、ピーターパンなんだよ」

「だから、それはさっき・・・」

「いや、違うんだよ。ピーターパンはバラの種類なんだ。
 以前、家内がそう言って花を飾っていた事があったんだ。
 そうだ、そうだ、思い出したよ。
 『これ、ピーターパンっていうバラなのよ、可愛いでしょ』って、
 そう言ったんだ。あーー、そうだ、バラの名前なんだよ」

教授はそう言うと、手を打ち合わせてニッコリしたが

「そのバラはどれなんですか?」

と、あたしに聞かれて、教授の笑顔は固まった。

「花瓶に活けていたのは、赤くて小ぶりのバラだったと記憶しているんだが」

一難去ってまた一難?
これは庭師さんに聞いた方がいいのかしらと思ったけれど
これまでの事を考えると奥様はどこかにちゃんとヒントを出してくれてるはず。
バラの木をしげしげと眺め回すとどのバラにも
根元のあたりに字を書いたプレートが挿してある。
これは・・・どう見てもバラの名前だわ。
あたしは教授にプレートを指差して教えると

「赤くて小ぶりのバラをさがしましょう」

確かバラって四季咲きだったと思うけど、
今咲いてなかったら全部のバラの根元のあたりを
見て歩くはめになるのかしらとウンザリしていると
さすが一度実物を見ている人は違う。

「あゆみ、あゆみ、ここにピーターパンがあった!」

と赤いこぶりのバラのあたりで手を振っている。
急いでいってみると、わりと目立つところにプレートが挿してあった。
『ピーターパン』
小さいけど赤くてなんだか楽しい雰囲気の花。
とても可愛いの。
ふと見るとその株の周りだけレンガが取り巻いていて
何故かところどころにレンガが斜めに置いてある。
これってアレにしか見えない。

「教授、これって矢印に見えません?」

「むう・・・そういわれてみれば・・・そうかねぇ」

矢印らしきのをたどってみると、レンガ4枚をくっつけて四角形を形作るように並べて敷いてあるのにぶつかった。
まるで ここ掘れ、ワンワン状態。
見ると反対側にもこっちに向けて矢印みたいにレンガが置いてあって
やはりこの四角にたどり着くようになっている。

ビ、ビンゴ・・・?

あたしが指差すと教授はすぐしゃがみこんでレンガをどかしてみた。
そこにはポリ袋にくるまれた金属の筒らしきものがあった。
お茶筒みたいな。
湿気が入らないようにか、しっかりテープで巻いてある。
教授が不器用な手つきでテープをはがしてその茶筒を開けてみると 中には淡い薄紫の便箋のようなものが入っていた。
教授は急いで開くとむさぼるように読み出した。
やがて教授の手が震えだし何度も目頭を指で押さえるようになったので
あたしは静かにその場を離れ、リビングに
「<しろたえ>のケーキをおごってくださいね」
と置手紙をして、お屋敷を出た。
あたしは人情のわかる女よ。
ご夫婦のひとときを邪魔するほどヤボじゃないわ。
たとえ二人が別々の世界に住んでいたとしてもね。

でもさー、なんだか夫婦ってもんもいいわねー。
あ~なんだか結婚したくなってきた。
どっかの紹介所に申し込んじゃおうかしら・・・?


SMでないノーマルな男募集してます、
でも、ご希望があれば女王様も可、なんてね。
[PR]
by kumorinotini | 2007-12-07 10:59 | 創作

女王様の宝探し 1/2

ホテルの部屋に入ると教授が待ちかねたようにあたしの方にやっててきた。
手に持ったものを振りながら。

「やあ、すまないね。来てすぐのところ申し訳ないんだけど
 早速お願いするよ」

ん~~もお!
教授ったら せっかちぃ~!
と言いたいところだけど、教授とはもう長い事、そういう関係でなくなっている。

教授は、10年前にあたしがこの道に入った時の初めてのお客様で
不慣れな私にいろいろ教えてくれたりしたし
学者さんだからかすごく勉強家で古今東西のそっち系の資料を読んでは
二人でいろいろ勉強したりしたもんだ。
というわけで二人で開発したテクニックをほかでも利用させてもらって
お客様にはたいそう好評を頂いている。

でも、教授の奥様が5年前にガンを発病してからは教授は看護に専念し、
あたしとは時々会ったりしていたのだけど、
それはもっぱら教授の辛い気持ちを聞いたり慰めたり
泣かせてあげたりしていたわけなのよ。
そんな状態が3年ほど続き、2年前に奥様がお亡くなりになってからは、
プレイ抜きでシーズンに1度お茶してお話するだけになっている。

教授によると奥様の病気以後、何故かその気がおきないのだそうで、
あたしにいろいろ話す事ですっきりするし元気が出ると言うので、
大体シーズンに1度のペースでお茶しているというわけだ。
でも、今日は前回のお茶会から一ヶ月もたっていない。
これで教授の顔色が良かったのなら、いよいよ再開と思うところだけど
教授の表情はいまいちすぐれなかった。

「何かあったんですか?」

「うん・・・それがね、家内から第二の遺言状が届いたんだよ」

「第二の?」

「そうなんだ。一番めのは四十九日に弁護士から渡されてね。
 『早く再婚してください。
 但し、再婚するまでは私の部屋とお庭はそのままにしておいてほしい』
 という内容だったんだけど、
 弁護士が言うにはね、私が2年たっても再婚してない時は
 第二の遺言状を渡してほしいと頼まれたんだそうで・・・
 三回忌の次の日にこれを渡されたんだよ」

といって、あたしに白い封筒を渡すので
あたしはとりあえず受け取った。

「これ・・・読んでもいいんですか?」

「いいよ。というより見てほしいと思って持ってきたんだよ。
 それというのも芦田さんがね・・・ん、いや、オホン、
 とにかく何のことだかさっぱりわからなくってねぇ・・・」

あたしは封筒から淡い薄紫の便箋を引っ張りだした。
便箋は1枚だけ。
真ん中に1行だけ、きれいな女文字で
「ホビットの捜し物」
とだけ書かれていた。
ちらりと教授を見ると
教授はやたらと期待する目であたしを見ている。
芦田ったら、一体何を吹き込んだんだろう?
あたしはそんな万能人間じゃないっつーのに。
でも、何か考えることを期待されてるんだろうなぁと思うと無碍にもできない。
少し考えてみることにするか。

「えーーと・・・ホビットっていうと『指輪物語』に出てくるアレですよね?」

「おお!君はトールキンを読んでいるのかね?」

「いえ、その・・・オーランド・ブルーム主演で映画になった時にちょっと知ったんですけど」

「映画?そういえば学生がそんな事を言っていたな。
 いや数年前の卒論時に『映画でやってもいいですか』、というのがいたが・・・
 それの事だったのか」


「卒論はともかく、ホビットって言うと・・・それしか浮かびませんけど」

「そうか・・・『指輪物語』のホビットねぇ。なるほど、なるほど、で、どうなるんだね?」

う~~ん、「指輪物語」でも教授は何も思い浮かばないのか。
もうちょっとひねってあるのかしら・・・?
あたしは考え考え言ってみた。

「ホビットの捜しものって<指輪>ですよね?
 だから、指輪に関係あるんじゃないかとちらっと思ったんですけど」

と、教授はぱっと顔を輝かせて言った。


「やはり、そうか。
 いやーー私もそこまではたどりついたんだが、
 指輪を見ても何もわからないんだよ。
 それで、ちょっと邪道だとは思ったんだが弁護士にも聞いてみたんだ。
 だけど、自分は遺言を預かっていただけで何も聞いてないし
 特に思いつかないという事だったんだね。
 そうか、やはり君も指輪だと思うかね」

教授は腕組みをして少し考え

「あゆみ、ちょっとうちに来てくれないか?
 女性のアクセサリーという物はどうもさっぱりわからない。
 うちへ来て指輪をみてくれないか」

へ?
あたしが行ってもいいのかしら?
教授のうちっていったら、ご夫妻の聖域みたいなもんだし、
そんなところへ奥様が亡くなって2年とはいうものの
あたしがお邪魔しちゃっていいのかしら、と思わないでもなかったけど、
ちょっと興味があったのと、なにせ教授はこの道のあたしの恩師みたいなもんだし、
その恩師直々のお頼みなんだし、というわけで教授のうちに伺う事にした。

教授の家は松涛の閑静な住宅街にあった。
タクシーの中で初めて聞いたんだけど、奥様は資産家のお嬢さんだったんだって。
今のお宅は奥様のご両親が残していったものだそうだ。
ふうん。
奥様が病弱だったのは知ってたけど、深窓のご令嬢だったとはねぇ。
ははん、だから<一見上品なSM>にこだわったのか。
なんて感慨にふけってるうちに教授のお宅に着いた。
うん、これがさー、品のいい日本家屋。
建てたっていうより、静かに生えてきましたって感じの。
誰もいないって事だったけれど、一応『お邪魔します」と
亡き奥様にご挨拶してあたしは玄関の式台に上がった。

教授の案内で奥様のお部屋に入ると、なんだかわからなけどふわりと良い匂いが鼻先をくすぐった。
なんか奥様の存在をひしひしと感じるなぁ。
多分お掃除とかしているのはお手伝いさんだろうけど
まるで部屋の主がいつ戻ってきてもいいようにきれいに整理整頓されてたわ。
でも、奥様がすでに亡くなっているという先入観念で見るせいかなんだか寂しげな感じもした。
部屋の主がいなくなると、お部屋自体も死んでしまうのかもしれないな、なんて
考えちゃったほど。
ちゃんとお花も飾ってあったんだけどね。
それが余計寂しい感じをかもしているのかなと思って眺めていたら

「家内は花が好きでね、この部屋だけは欠かさないようにしているんだよ。
 あんまり丈夫な性質(たち)じゃなかったけど、
 調子の良いときはよく草花の手入れをしてたよ。」

教授はプレイの時はまったく奥様の話はなさらなかったけど
やはり家の中には奥様との思い出がいっぱいあって思わず出てしまうのね。
でも、放っておくといつまでも奥様の思い出話をしそうだったので

「奥様は指輪をどこにしまっておいででしたか?」

と聞いてみた。

「ああ、そうだったね。そのドレッサーの上に載っている宝石箱にしまっているよ。
 その宝石箱はね、ロンドンの蚤の市でみつけたアンティークでね、
 高くはなかったんだけど家内もとても気に入って使ってくれてるんだよ」

教授ってばいまだに奥様が生きていらっしゃるみたいな話し方をするのよね。
ちょっと焼けるけど 愛妻家は嫌いじゃないわ。
許しちゃう。

「開けてみてもかまいません?」

「うん。見てくれよ、そのために来てもらったんだから」

宝石箱には意外と少ししかアクセサリーが入ってなかった。
ブローチが三つ。真珠のと、アメジストみたいなのとメレダイヤのと。
それとバイオリンの形のピンブローチ。これは琥珀かな?
あとは小さな皮袋がいくつかあったので、ひとつひとつ覗いてみると
それぞれ指輪が入っていた。あたしがベッド脇のサイドテーブルの上に
1個ずつ出して並べていると、

「少ないだろう?家内はあまり出歩かなかったせいか身を飾る物を欲しがらなくってね。
 それよりも私が見聞きした事を聞きたがるんだなぁ・・・
 まるで自分が旅をしてるみたいで楽しいって言うんだよ」

と、教授。
そのときだけはとても幸せそうな顔。
そっか・・・今は話す相手がいなくなって、ものすごく寂しいんだろうなぁ。
奥様はきっととても良い聞き手だったのね。
しかし、今は謎の遺言よ。
だから、そういう<愛妻物語>は置いといて、袋から指輪を出してみたんだけど
たいして数がないのですぐに全部出してしまった。
まず宝石箱から疑ってみるか・・・。
あたしが箱をためつすがめつしていると教授が言った。

「この指輪もロンドンで買ったものでねぇ。
 なんだかファンタジー小説に出てきそうなところが面白くって
 家内へのお土産にしたんだよ」

見ると、ほかのは普通の指輪なのに、
それだけはアンティークな匂いがぷんぷんする指輪で、
まさに童話かなんかに出てきそうなデザインだった。
教授は指輪を手のひらで転がしながら言った。

「『指輪物語』の指輪というのはこんな感じかねぇ」

あたしはそれ以外の指輪をしげしげと眺めて袋に戻した後、教授から指輪を受け取った。
「指輪物語」ねぇ・・・
う~~ん、「指輪物語」かあ。
ためつすがめつするうちにふと気が付いた。

「・・・これ、ロケットじゃないかなぁ・・・
 ほら、ここに変なポッチがあるでしょ。
 たいていここを押すと・・・あれ、開かないなぁ・・・
 横にスライド・・・かな?」 

すると一部分がパカッと開いて、中から小さく折りたたんだ紙が出てきた。
たいてい石の台座がロケットになってるんものだけど
こういう仕掛けみたいなロケットもあるらしい。
恋の手紙を運んだのかしら、それともスパイ?
なんて考えながら、紙を教授に渡すと教授は震える指で開いてから首を傾げた。
横から覗いてみると
     『2番目のアリス』
とだけ書いてあった。
(続く)
[PR]
by kumorinotini | 2007-12-05 10:58 | 創作

(続き)

「えっとーー」

と困り顔のガム女。
あたしは畳みかけるように言った。

「それにね、この人は左利きなんですよ。
 利き手じゃない方で、盗るのはおかしくありませんか?」

「じゃあ、左手だったかもしんない・・・
 そうだよ、左手だったよ。そう言えば良いんでしょ?」

ずっと涼子さんだけをみていた店長が、ガム女をまじまじと見た。
あたしはさらに聞いてみた。

「並木さん、あなた、この人のどちら側に立ってました?」

すると、店長が叫んだ。

「並木様は三枝様の右側にいらっしゃいました!
 それだと左手で指輪を手提げに落とすところは見えないはずです」

ガム女はちょっと考えこんでから眉間に皺を寄せて渋々といった感じで答えた。

「じゃあ・・・右だよ」

「一体、どっちなんですか?
 どっちの手の指でつまんだんですか?」

とあたしが畳みかけるように聞くと、
それまで爪をいじっていたガム女はカンシャクを起こした声で叫んだ。

「だったら、あのオッサンに聞いてよ!」

「あのオッサンて?」

「オッサンはオッサンだよ。なんか娘にプレゼントしたいから、
 一緒に選んでくれないかって。で、お礼をするからって言うから、
 私、つき合って店に入ったんだよ。
 で、あれこれ出してもらって選んでたら、あのオッサンが
 『あの女の人が手提げにこっそり指輪を入れようとしてる』って言うから
 私、『あ、指輪泥棒!』って叫んであげたんだよ。
 私、親切に万引きを教えてあげたのに、
 なんでこんな事聞かれなくちゃなんないのよぉ。
 あのオッサンに聞けばいいじゃん。きっと私の事、気にして
 待ってると思うからさー」

「じゃあ、あなたが実際に見たわけではないんですね?」

あたしが聞くと、不承不承ガム女が言った。

「・・・見てないけど、だけど、オッサンがそう言うし、そんな感じだったからさー」

認めた!
やっぱりこのガム女は見てないんだ。
私が店長を見るまでもなく
店長はあわてて事務室を飛び出して行き、しばらくしてから戻ってきて言った。

「そのようなお客様はお待ちではございませんが」

おお。
こういう時でも敬語か。
感心だねぇ、プロの鑑だ。

「うそーー!あたし、嘘言ってないよ。 ちゃんとオッサンは居たってば!
 本当にオッサンが言ったんだってば!」

ガム女の顔色がだんだん青ざめていった。
すると涼子さんが口をはさんできた。

「いたわよ、その男。普通、アクセをあれこれ見るもんなのに
 あちこちキョロキョロしててなんだか嫌な感じだったんで覚えてる。
 私の右に並木さんがいて私に背中向けてた。さらにその右にその男がいたのよ。
 あんたがドロボーって騒いだあと、そいつ、あたしにぶつかるようにして出ていったわよ」

「涼子さん、たぶんその男が万引きというかドロボーなんですよ。
 騒ぎを起こして、涼子さんにみんなの視線が集まった時を狙って
 トレイの上のアクセをポケットか何かに押し込んで、指輪をひとつだけ
 涼子さんの手提げに放り込んで行ったんですよ。あたしにはそうとしか思えない」

でも、それは全部あたしの推測だ。
証明するものは何もない。
その男を捕まえて吐かせるしかないんだけど、どうやって見つけたらいいのだろう。
一応監視カメラで男の人相はわかると思うけど、すぐ捕まえるというわけにはいかない。
と、事務室の電話が鳴った。
店長が素早く出て

「警察ですか?」

と仰天した声を出した時は、涼子さんがとうとう捕まってしまうのかと
ドキドキしたが、どうも様子が違う。

「では、これから伺います」

と電話を切った店長は、あたし達の方を見た。

「皆様、どうもその男らしいのがここを出てすぐに交通事故にあったそうです。
 で、病院に運ばれまして、家族に連絡をとろうと
 男の持ち物をあれこれ調べたところ、
 ポケットにうちの値札がついたままのアクセサリーが
 いくつも入っていたのに気づいて不審に思い、
 看護婦さんが警察に連絡してきたそうです。
 今の電話は警察から確認の電話です。これから行って参りますが・・・
 三枝様、申し訳ございませんでした。
 いくらこちらの並木様が叫んだとはいえ、ご常連のお客様をお疑いするなぞ
 あってはならない事でございました。この埋め合わせは必ず、必ず。
 いやーー天網恢々疎にしてもらさず、ですなぁ」

と店長が慌ただしく出ていくと、ガム女が

「天皇が・・・痒い痒い、って何よ?」

とキョトンとした顔をしたので、涼子さんが

「悪い事はできない、みんなお天道様がご存じだ、てな事よ」

と説明してやっていた。

「あ、そっか」

と素直に納得するガム女。
どっちも男に騙された事がわかったせいか、いやに友好的だわ。
店長が出ていって少ししてから、若い女性店員が紅茶のセットを持って現れ
警備員を除く4人の前にカップ&ソーサーを丁寧に置き
「店長が皆様にこの事については穏便にと、くれぐれも申しておりました」
と恭しくサーブしてくれた。
お、クッキーもついている。
と、甘党の涼子さんが砂糖を何杯も入れるのを見ていたガム女がいきなり叫んだ。

「この人、右利きじゃん!」

「そーよ、私は生まれてこのかたずっと右利きよ」

とすました顔で涼子さん。

「だって、その女の人が、左って・・・」

「あらぁ、涼子さんてば右利きでしたっけ?
 あたしとした事が・・・すっかり勘違いしてたわ」

と、あたしがしれっと言うと、初めは口を尖らせていたガム女が
やがて笑い出した。
「参ったなぁ・・・見事にひっかかっちゃったよぉ」


例の男は翌日病室で取り調べを受けたそうだ。
宝石店を専門にしているそうで、
店に入るまえに適当な女の子をみつくろってうまい事話しかけ、
さも知り合いのような顔をして入店し、その子を使って騒ぎを起こし
アクセサリーを失敬していたのだそうな。
二人連れだと思いこんでいる店の誤解を利用して
外の光で見てみたい、などと言って指輪を持ち逃げするという詐欺まがいの事も
やってたらしい。

おかげで涼子さんのぬれぎぬはきれいに晴れたのだった。

涼子さん言うに、メビウスはお詫びとして涼子さんを、
ほとんどの品を30%オフにしてもらえる<ダイヤモンド会員>にしてくれたそうだ。
でも、それってさらに売りつけられるって事なんじゃないの・・・?
とあたしが言うと

「あーーら、どこで買ったって宝石は宝石よ。これからが楽しみだわー」

と満面の笑みの涼子さん。
結局、なんだかんだ言って一番得したのは涼子さん、て事かしらね。
[PR]
by kumorinotini | 2007-10-08 10:33 | 創作

その日は秋にありがちな透明感に満ちた青空の広がる日だった。
あたしが鼻歌まじりで事務所に入っていくと社長が慌てた様子で電話している。
電話を切るか切らないかのうちに、社長はあたしを振り返って言った。

「涼子が万引きと間違えられて捕まったらしい」

「・・・どこでですか?」

「『宝石のメビウス』だ」

「涼子さん、今、警察ですか?」

「いや、幸いメビウスの事務室だ。警察を呼ぶと店側が言ってるらしい」

「マズイじゃないですか」

「マズイ。かなりマズイ。だから・・・行ってくれるな?」

社長はかなり必死な目で私を見た。
はいはい。行けばいいんでしょ。
ったく、最近、仕事以外の依頼が多過ぎない?

というわけで、
『宝石のメビウス』に社長と二人で急いで駆けつけると
店長ですと名乗った中年男(ネームプレートは岩城だった)が案内してくれたのだが、
彼は奥の事務室とやらに入る前にあたしたちに囁くように言った。

「三枝さまにはこれまでいくつもお買いあげいただいておりますし
 これまでも、これからも大事なお客様でございます。
 それに、そのぉー女性の方は、体調の万全でない時もございましょうし
 今回、お隠しになられたものを全部お返し頂ければ
 当店としても事を荒立てるつもりはまったくございませんので
 そのへん、よーく、お話し頂きたいと思っております」

三枝は涼子さんの苗字ね。
さすが客商売、物言いが並でないわ。
あたし達も見習わなくちゃ。
って意味ないか。

店長がドアをノックして名乗ると、背の高い男がドアを中から開けた。
あたしと社長は店長に背中を押されるようにして事務室に入った。
さっきのノッポ氏が素早くドアの前に立つ。
服装からすると警備員らしい。
たぶん誰も逃げないようにしているのだろう。

事務室の中にはデスクとチェアーのほかに向かい合わせに小さめのソファとテーブルがあって
涼子さんは憮然とした顔でそのソファに座っていた。
涼子さんの眉間には縦に激しく皺が寄っている。
これは「不当な扱い」を受けた時に必ず現れるものだ。
あたしは涼子さんの無実を信じた。
勘もしくは女の直感てやつ。

眉間にくっきり皺を寄せた涼子さんの向かい側には
ガムをくちゃくちゃ言わせた派手な若い女が座っていた。
何色使ってるのかわからないぐらい多色遣いの薄手のトップスを
さらに数枚重ね着している。
ミニスカートかと思ったら、ピチピチのショートパンツだった。
長い足の先にひっかけたミュールをブラブラさせて
こちらもどことなく不満そうにしている。
指ごとに色の違うペディキュアがさらに色数を増やしているんだけど
それでも、けっこう様になるのだから、若いって良いわねぇ・・・。

って、誰、この女?
と、社長がとびきりの作り笑顔で言った。

「涼子ちゃあ~ん、えーーと、どうしちゃったのかなぁー?」

涼子さんは30代半ばで、立派な体格をしており、
キャラも<可愛い>系で売っているわけではないので
「涼子ちゃん」と呼んでも、違和感があるのだけど
社長は何かを誤魔化そうとするときはたいていスタッフを<ちゃん付け>で呼ぶ。

と、<涼子ちゃん>が言った。

「盗ってないのに、盗っただろって言うのよ。それで調べてよ、って言ったら
 手提げに何故か指輪が入ってたのよ。だけど私、万引きしてないわよ。
 アクセは働いたお金で買うものだって思ってるし、
 毎回、ちゃんと買ってるじゃない。なのにこいつら・・・」

足を組み替えて、むっとした様子を隠さない涼子さんにお店の人は慇懃に言った。

「指輪1個だけだったら良かったんですが・・・ほかにもいろいろと」

「だから、私じゃないって言ってるじゃない!あの指輪だって知らないうちに
 入ってたんだもの。私じゃないわよ」

「ですがお客様、どうやったらトレイの上の指輪が何個も消えてなくなって
 そのうちのひとつがお客様の手提げ袋に入るというのでしょうか?
 今のうちに返して頂ければ、こちらとしても大事≪おおごと≫にはしないつもりですが」

「だから、盗ってないってさっきから言ってるでしょ!」

堂々巡りというか、同じ事の繰り返し。
涼子さんにはちょっと頭を冷やしてもらわなくちゃ。

「涼子さん。あたしは涼子さんを信じますよ。だから、最初から話してくださいよ」

「最初も何も、いろいろ見せてもらったけど、気に入ったのがなかったから
 帰ろうと思ったら『指輪を盗った』って言うんだもん」

「誰が言ったんですか?」

「このガム女よ」

派手な女の子が口をとがらした。

「私、並木って名前がちゃんとあるんですけどぉー」

「人の事を泥棒呼ばわりする女はガム女でいいのよっ」

「涼子さん、事をややこしくしないでくださいよ。
 えーーと、並木さん、でしたね、
 この人が指輪を手提げに入れるところを見たんですね?」

ネイルアートを施した爪を気にしながら、ガム女はだるそうにうなづいた。

「本当に見たんですか?」

「んもお!しつけーなー。見たものは見たんだってば!
 そのオバサンが手提げに入れたんだよ」

「ちょっと、オバサンて何よ、オバサンて!」

とガム女につかみかかりそうな涼子さんを
「まあまあまあ・・・」と社長が必死に押さえた。

「涼子さんはちょっと静かにしててくださいね」

あたしはひっそり立っていた店長に聞いてみた。

「あのー監視カメラはないんですか?」

すると店長は少し恐縮した様子で

「うちのは店に入っていらっしゃるお客様だけお撮しするようにしておりまして
 ・・・他のはダミーでございます」

甘い監視。
じゃあ、涼子さんがどういう動きをしたかわからない訳か・・・
となると、唯一の目撃者に聞くしかない。

「あたしはこの若い女性に話を聞いてみますから、
 涼子さん、邪魔しないでくださいね。
 ・・・・並木さんが見たのはわかりました」

この人は、と涼子さんを指さして

「どっちの手で指輪を盗りましたか?」

ガム女はちょっとより目になって考えこんだ。

「えーとー・・・右手?うん、右手」

「確かですか?」

「つーか、どっちの手だっていいじゃん。盗った物は手提げの中にあったんだしぃ」

かまわず質問する。

「どうして、指輪だってわかったんですか?」

ガム女は、意外な質問をされたという顔をして、また考え込んだ。

「んとーー・・・キラッて光ったからじゃない?」

「光ったんですね?」

「・・・たぶん」

あたしは自分の指輪をはずし、つまんで彼女に見せながら

「指輪って、ほら、小さいですよね?指でこうやって端っこをつまんで
 やっと指輪ってわかるほどです。
 この人はこんな風に指輪だって事が周囲の人に見えるように
 ご丁寧に端をつまんで紙袋に入れようとしてたんでしょうか?」

ガム女は最初うるさそうに聞いていたが、さらにより目になって考え出した。(続く)
[PR]
by kumorinotini | 2007-10-08 07:23 | 創作

(続き)
オリエは几帳面な性格だ。
友人に借りてきた軽自動車だから、傷つけないように慎重に運転してきた。
やっと、別荘の駐車場のスペースの手前にたどり着いた時はほっとした。
オリエは駐車するのが苦手なので、狭いところに止める時はいつもドキドキしたが、
この別荘の駐車スペースは広いので、安心だった。

去年、父の4駆が止めてあったが、うまく隣に駐車させる事ができた。
今年もうまくいくはずだ。
だが、何故かその4駆がない。

買い物かしら?
でも、助かっちゃった。
ゆっくり丁寧にやればきっとうまく駐車できるわ。

父なら後ろも確認せずにさっさと入れてしまうが
オリエはいつも一度降りて何もないのを確認したくなるのだった。
父と一緒の時は省略しなくてはならないが
4駆がないという事は父は出かけているのだろう。

オリエは鼻歌を歌いながらのんびりした様子で車を降り
駐車場をぐるりと見回してふと気づいた。
駐車スペースの後方の見えにくい所に白い物体がある。
一瞬紙箱かと思った。
だが、紙箱にしてはふんわりしているようだ。

なんだろう?

オリエは恐る恐る近寄って驚いた。
ララが横たわっていたからだ。
さらに驚いたことにララの背中には幼児がいて
しっかりララの毛を掴み、目を閉じている。
オリエは慌てて駆け寄り、名前を呼びながらララを揺すってみた。
腹部は規則正しく上下しているが
ほとんど反応がない。
それでもシッポがゆっくりと動いた。
しがみついている子どもは2~4歳くらいだろうか。
規則正しい寝息が聞こえるところをみると
ただ眠っているだけだろうか。
オリエはララの背中から子どもをそっと抱き取り、大きな声で父母を呼んだ。

******

「人間で言うと・・・過労みたいなものですかね。
 ゆっくり寝かせれば 明日には元気になると思いますよ。
 ただ、前足の肉球に傷を負ってますね。
 ちょっと深いので、一晩うちで様子を見ましょう。
 置いていってください」

ララを抱いて駆け込んだ動物病院の医師は
心配そうな顔つきの4人に向かい、柔らかい声で言った。
ララの事は心配だったが、今は獣医に任せるしかない。
4人は口々に礼を言い、ララを順番に撫でてから再び4駆に乗り込んだ。
今度は警察に寄って、今はオリエにしっかりと抱きついている幼児、
発見した時ララにしがみついていた幼児の両親を捜さねばならない。

「捨て子とかじゃないよね?」

とすっかり元気になったチヒロが言うとママが眉をひそめた。

「ララちゃんが拾ってきたってわけ?捨て猫を拾う犬の話は聞いた事があるけど
 捨て子を拾う犬なんているのかしら・・・?」

「でも、サモエドは子守り犬じゃん」

とチヒロが口をとがらすと、父が言った。

「とにかく警察で親御さんを捜してもらおう」

最寄りの交番に寄って巡査に子どもを発見した経緯を話し警察に預けようとしたが、
ミータンと名乗る幼児はオリエにしがみついて離れない。
仕方なく一晩別荘で預かる事にして別荘の住所と電話番号を教え、
4人と幼児は車で夜道を別荘へと戻り、
母が急いで作った「なんでもチャーハン」を掻き込むと
全員倒れ込むように眠った。

*****

「では、君らは犬があの子を助けたでも言うのかね?馬鹿馬鹿しい」

「しかし、署長。そう考えた方がすっきりするじゃないですか」

「そうです。あの犬がいなかったら、身代金を受け取りに現れた男が
 意識不明の今、事件は硬直状態。あの子は発見されないまま餓死するか
 仲間がいれば殺されていたかもしれないんですよ」

「鑑識さんも言ってましたよ。
 あの子の靴下はほとんど汚れてなかったし
 あの子の服の前半分にどっさり犬の毛がついていたって。
 犬の背中にしがみついてないかぎりは ああはならないだろうって」

「しかしだねー4キロの山道を・・・」

「署長、決心してくださいよ」

「そうですよ、この事件では失点続きです。こう言ってはなんですが
 あの犬がいたから、あの別荘地域を虱潰しに捜索して
 やっとアジトも見つけたんですからね。
 まあ、仲間には逃げられましたけど、捕まるのは時間の問題でしょうし」

「こう言っちゃなんですが、犬をダシにしてマスコミの警察叩きをそらすんですよ」

「うまく行くかね?」

「やつらは新しいもの、新しいニュースに飛びつきますからね
 しかも今回はメインが動物と子どもですからね。
 あの犬だって、真っ白でカメラ映りが良いし、
 何より器量よしです。マスコミ受けしますよ。
 感動ものに仕立てて放送するに違いないですよ」

「だいいち、被害者の親がテレビのレポーターにペラペラしゃべってるんですよ。
 娘が『ワンワンが助けに来た。ワンワンにノンノしてきた』って言ってる、
 きっと犬に助けられたんだ、その飼い主にお礼を言いたいのに
 警察が教えてくれない、って。
 あの家族は我々にあんまりいい感情を持ってないみたいで・・・
 ここは起死回生の決心でお願いします」

「起死回生ねぇ・・・」

******

ララちゃんでぇーーーす。
あのあとの事を話すわね。
ぐっすり眠ったなぁと思って目を開けた時、
変なひげ面オヤジがいたんでビックリしたわ。
思わず「パパーー、ママーー」って叫んじゃった。
そしたらすぐに、パパ達が来てくれたの。
ちーちゃんなんかギュッと抱きしめてきたのよ。

おおげさねぇ。

そりゃ、足にケガしたけど、こんなのへっちゃらだし。

で、なんだかわかんないけど「ケイシソウカンショウ」ってのを貰ったのよ。
もらう、もらうって言うから、美味しい物なのかしらと思ったら
食べられないんだって。
あ~あ、つまんない。
ガッカリよね。
そのあとね、取材されてテレビに映ったのよ。
ママなんかお洋服まで買っちゃったし、その日はお化粧も濃かったような・・・・
おーちゃんとちーちゃんもなんだかすごくお洒落してて

「ララちゃん、今日は取材が終わるまで飛びつかないでね、
 ララちゃんの毛がつくから。
 終わったらドッグランに行くからそれまでの我慢ね」

だって。

失礼ね!
ララちゃんの毛は純毛の真っ白よ!
それに昨日やたらと念入りにシャンプーされてるから、スンゴクきれいだもん。

だけどこのエリザベスカラーてヤツ、なんとかならないの?
どんな犬だって、コイツを付けるとみっともないんだけど、
あたし達サモエドってふわふわもこもこじゃない?
要するに身体の大きさの半分は毛なわけよ。
いや、半分は言い過ぎとしても、まあ、見た目に比べて本体は小さめなのよ。
だからさ、このエリザベスをつけると
そりゃあ、もう、なんというか・・・みっともないの。
そのみっともない姿で全国放送って・・・サモエド界の恥だわ。
と思ってたら、ちーちゃんが
「撮影の間だけエリザベスをはずしてあげようよ」
って言ってくれたの。
そうね、ってママも賛成してくれて
あたしはサモエドのあるがままの美しい姿で放送される事になったの。
良かった、さすがちーちゃん!
あたしの事、わかってくれてる。

で、で、カメラを持ったたくさんの人に囲まれていっぱい写真撮られた時に
パパが
「みんな、チーズだぞ」
って言ったの。
チーズ、美味しいのよねぇ。
あたし、大好き。
だけど、カメラがあってチーズって言った時は本物のチーズは出てこないって知ってる。
そう言うと笑顔になるからだって言うけど、人間て不便ね。
そこいくとあたし達サモエドはいつでも サモエド・スマイルよ。
チーズなんか必要ないんだから。
あ・・・でも、食べたいなぁ。
だから、ララちゃんも言っちゃう「チーズ!」
[PR]
by kumorinotini | 2007-09-03 09:18 | 創作

あたし、ララ。
サモエドの素敵な女の子よ。
今日は別荘に来ていまーーす。
って言ってもレンタルなんだって。
しかも季節はずれだから、ちょっとお安いんだって。
でも、別荘は別荘よ。
パパとママとちーちゃんとあたしの4人で来ました。
おーちゃんは後から合流だって。

去年もここに来たんだけど、いろんな昆虫や動物がいてすごく面白いのよ。
知らない木の匂いもして、お散歩のたびにワクワクドキドキよ。
でね、別荘の時はパパもママもちょっと甘くなって
お肉とかちょびっと頂けるの。
どう、羨ましいでしょ?
去年来たからこのへんの事はだいたい覚えてるけど
さっきパパとゆっくりお散歩したから、あたしの頭の中の地図はもっと詳しくなったのよ。
お散歩から帰ったら、ちーちゃんが掃除機をかけていて
ママが何やら言ってるわ。

「パパーお米を買い忘れてた。ちょっと下のお店まで行ってくるね。
 それに食器とかはちゃんとあるって言ってたけど、数が減ってるのよ。
 紙皿か何かを買わないと駄目だわ。ほかに・・・ビール、これで足りる?」

「ビールかぁ・・・もう少し欲しいなぁ。俺も行くよ」

「あ、助かる。じゃあ、運転お願いね。ちーちゃん、ちょっと行ってくるから
 お掃除、やっといてね」

というわけで
パパとママはバタバタと出かけていきました。
ちーちゃんは一生懸命、お掃除してます。
で、
ドアが開いてるの。
うふうふ。
あはは。
おうちだと素早く閉められてしまうんだけど
別荘だとなんとなくみんなウキウキしちゃって 鍵のかけ忘れとかあんのよね。
ララちゃんお外に行くチャンーース!です。

大丈夫、ちーちゃんはお掃除に一心不乱だから気が付いてない。
こっそり・・・こっそり・・・
ララちゃんに脱出に成功です!

というわけで、今回は新しい道を開拓しようと思うの。
そういえば犬ってさ、何かっていうと匂いとか音とか言われるちゃうけど
目だってけっこう見えるのよ。
人間は犬の事を近眼だっていうけど
人間の近眼よりかはずっとよく見えるの。
そうやって目も使って、鼻も使って、耳も使って
総合力で道を覚えるわけね。
だから、いろんな所を歩いてないと地図もきちんと出来上がらないの。
飼い犬が万が一脱走した時に自力で帰れるように
皆さんもいろんな道を散歩させてあげてね。

さてと途中まではパパとお散歩した道を行くけど、
ここから新しい道を行ってみるわ。
なんだか面白そうなんだもの。
迷子にならないようにちゃんちゃんとマーキングして、木とかも覚えてと・・・
やっぱ、初めてのところは新鮮だわね。
虫を追ったり、アチコチ眺めるうちに
こんな所に着いちゃった。

あら?

ここにも別荘?

なんだかすんごくボロいけど、ごくごく最近人が出入りした匂いがする。
ていうか・・・子どもの匂いがするんだけど。
しかも泣いた形跡もあるし。
やたらと悲しそうだし。
なんで?

ちょっと言わせてもらうと
あたし達サモエドって<子守する犬>でもあるわけよ。
サモエド族の家族と一緒に生活してる中で、お父さんやお母さんは忙しいわけじゃない?
そこで、あたし達心優しくて頼りになるサモエド犬が
子ども達の安全を守りながら遊び相手をしたってわけ。
うふふ。
あたし達はとっても良い遊び相手なのよ。
シッポ引っ張られても怒ったりしないし
踏んづけられても我慢するし、
すごく立派な子守なの。
で、その血が騒ぐのよねー。
太古の血がさー。

泣いてる子どもを放ってはおけないわ。
どこかから入れないかしら・・・?
あった、あった。
裏のドアの鍵が壊れていて、押したら開いたわ。
子どもの匂いはどこからするのかしら・・・?
2階からだ。
階段を上がってと・・・こっちね。

頭でドアを押し開けてはいると、ロープで縛られたちいさな子が転がってたの。
口に、ガムテープっての?アレを張ってあった。
ひどい事するのね。
これって遊びじゃあないわよね?
大人の世界じゃあ<縛るお遊び>もあるらしいけど
相手は子どもよ。
しかも泣いてたみたいだし。
ほっぺたに泣いた跡があるわ。
これはきっと良くない事がおきてるのよ。
そーよ、そーよ。
子どもを縛るなんてきっと悪党の仕業に違いない。
子守り犬としては、このまま帰るわけにはいかない。

あたしは懸命にその子の顔をペロペロしてみた。
やがてその子は目を開けて何か言いたそうだったわ。
待っててね。
このロープをどうにかしてあげる。
あたしはロープを必死に噛みちぎったわ。
あたし達の牙ってなかなかどうしてすごいのよ。
なんとか子どもを自由にしてあげられたわ。
あたしがさらにガムテープの回りをペロペロすると
その子は自分でガムテープをはがして
「ワンワン」て言いながらあたしにしがみついてきたわ。
小さな子どもの中にはあたし達を怖がる子もいるけど
怖がらないなんて<いい子>ね。
で、その子が言ったの。

「ミータン、おうち帰る。おうち帰る」

よしよし、ララ様が来たからもう大丈夫。
子守り戦隊サモレンジャー!てなもんよ。

その子、ミータンは足に打撲傷を負ってるみたいだった。
あたしは心の中で呼びかけてみたの。
『あたしの背中に乗って。ここから脱出しましょ』
ややこしい事柄はむりだけど
簡単な事なら通じる事があるのよ。
特に子どもにはね。

その子はあたしの呼びかけがわかったみたい。
あたしの背中にしがみつくと
「ワンワン、おうち帰る?」
って聞いてきたの。
あたしは子どもを怖がらせないように小さくオン!て啼いたの。
すると子どもはしっかりしがみついてきた。
通じたんだわ。
ちょっと嬉しくなる時よ。

あたし達、サモエドは子守する犬でもあるけど
ワーキングドッグでもあるわけよ。
雪道を橇を引いて走ったりしてたの。
力持ちなのよ。
こんな小さな子の一人や二人、乗せて走れないようじゃ
ワーキングドッグの名が廃るってもんよ。
ああ、太古の血が騒ぐ!
ってさっきも言ったけど、だってそうなんだもん。
颯爽と走るララ様の勇姿をみんなに見せたいくらいよ。
あたしは子どもを背中に乗せるとそろそろと階段を下りて
さっきのドアを抜けたんだけど、なんだか尖ったものを踏んづけたみたいで
右前足の肉球に痛みが走ったの。

大丈夫、大丈夫。
これくらいチチンプイ!のおまじないでへっちゃらよ。

痛いのを我慢してドアを出たら
「おい!子どもが居ないぞ!」って言う男の声が聞こえたわ。
あたしは目の前の林の中に慌てて飛び込んだの。
危ない、危ない。
危機一髪、間一髪ってやつね。
あーードキドキするぅ。
ボロ別荘の中からは男数人が出てきて捜してるみたい。
見つからないようにそっと行かなくちゃね。
ここはさっき来た道じゃあないけど、大丈夫、きっとさっきの道に出るはずだから。
あたしはとりあえず真っ直ぐ進んでみた。

******

チヒロがテーブルの上で雑誌を広げていると車の止まる音がした。

「ただいまー。もお!パパったらおつまみもいるとかアレもいるとか
 コレもいるとか言い出してずいぶん時間かかっちゃった。ごめんね」

「ううん、お土産あるの?」

「まあ、いろいろとね。ララちゃんは良い子にしてた?」

「え・・・?ママ達と一緒じゃないの?」

「まさか、買い物に連れていかないわよ」

チヒロの心臓がドクンドクンと言い出した。

「私、てっきりママ達と一緒だと思って・・・」

すると父が短く「捜すぞ」と叫び、チヒロは
「ララちゃん!」と叫びながら2階への階段を駆け上がっていた。

ララは何処を捜しても別荘の中にはいなかった。
どうしようと青ざめるチヒロに父は

「裏玄関のドア、ちゃんと確認しとけばよかったなー
 今頃言っても遅いけど・・・
 とにかく外を捜してくる」

「じゃ、あたしはご近所さんにララを見かけてないか聞いてくる。
 チヒロはここでララの帰りを待ってて」

「やだ!私も捜しに行く!」

「ちーちゃん、ララはきっと帰ってくる。
 その時、うちに誰もいなかったら ララちゃん、がっかりするわよ。
 幸いここは携帯が通じるから ララが見つかったら、連絡するし
 ちーちゃんもララが帰ってきたら、電話してね」

慌ただしく父と母が飛び出していくのを見送ったあと
落ち着かないままチヒロは立ったり座ったりしていたが、
やがて思いついてララ専用の水と給餌用のボウルを出して並べた。
お腹を空かせて帰ってくるかもしれない。
喉が乾いているかもしれない。
水を注ぎながら、チヒロは泣いた。
ララが空腹かもしれないと思っただけで泣けて泣けて仕方なかった。
いつもは一握りくらいの量の餌だったが、
今日はボウルに山ほど入れ、チヒロはまた泣いた。

******

どこだっけ・・・道・・・
道がわからない・・・!
帰りの道が見つからない。
どうしよう・・・
ちゃんと覚えてきたはずなのに、どうしよう・・・
さっき慌てて変な所に飛び込んだからだ。
どうしよう、どうしよう。

駄目よ。こんなじゃ。
しっかりしろ、ララ。
ちゃんと覚えてるはず。
思い出せ、あたし。
落ち着け、あたし。
そうよそうよ。落ち着けば思い出せるはず。
ええとええと・・・
あ、そうだ、そうだ。
クネクネの木の下にカエルの匂いがした所。
あった!
ここよ、ここ。
ここを真っ直ぐ来たんだわ。
そして・・・こっちに折れて、と。

うんうん、思い出してきた。
大丈夫。ちゃんと行ける。

ハアハア・・・

なんだか足が痛い・・・
あそこで切ったのかな・・・
さっきまではジンジンしてたけどズキズキしてきた。
あたしのアンヨさん、パパママのところに行くまで頑張ってちょうだい。
この子の無事もかかってるんだから。
ああ、でも、痛いなぁ・・・

重いなぁ・・・
初めは何ともなかったのにだんだん重くなってきた。
お願い、ちゃんと掴まっていてね。

道、間違ってないのにどうして金色ハッパの曲がり角に着かないの?
さっきはもっと早くきたのに。
もう着いてもいい頃なのにどうして着かないの?
なんでまだ赤い実の木の所なの?
間違えたんだろうか・・・?
ううん、この赤い実は来る時見てきたから
間違えてない。

遠いなぁ・・・

あ・・・滑っちゃった・・・
どうしたんだろ・・・?
足の感覚がない・・・あたし、ちゃんと歩けてるんだろうか?
重い・・・
ハアハア・・・
あ、金色ハッパだ・・・
やっと金色ハッパだ。
金色ハッパをこっちに曲がって・・・と・・・

ここを上がらなくちゃ。
でも、重いよぉ。
足、動いてるんだろか・・・
わかんない、全然わかんない。

パパ・・・ママ・・・

ララ、ちゃんと行けるよね?


はあはあ・・・

暗い・・・どうして暗いの・・・もう夜なの?

はあはあ・・・

そんなのどうでもいい。
行かなくちゃ。
前に進むのよ、あたし!

はあはあ・・・

行かなくちゃ。
パパとママが待ってる。
心配してる。
おーちゃんも
ちーちゃんも待ってる。

はあはあ・・・

行かなくちゃ・・・

暗いなぁ・・・ここはどこなんだろ・・・?

はあはあ・・・

行かなくちゃ・・・

はあはあ・・・
なんだか懐かしい匂いがする・・・
ここでちょっと休もう・・・

あ・・・
おーちゃんの匂いがする。
おーちゃんの声がする。
おーちゃんだ、
おーちゃんが居るんだ!

おーちゃん、おーちゃん、
あたしはここよー

どうしよう、
声が出ない。

どうして?
どうして?

おーちゃんも見えない・・・

はあはあ・・・・・

おーちゃん・・・どこ?
見えない・・・
何にも見えない・・・

疲れた・・・ 

はあはあ・・・

ごめんね、ミータン。
ちょっと寝かせてね。
あたし・・・
あたし、疲れちゃった・・・・(続く)
[PR]
by kumorinotini | 2007-09-03 09:16 | 創作

(続き)
林の中のちょっと広めのけもの道といった感じの道を
タイヤが枯れ枝や落ち葉を踏んで走る。
200Mほどいくと急に視界が開け、舗装された道路に出た。
これが国道らしい。
あたし達は木々に遮られて見えない香月さんの宿の方角を振り返った。
と、光の束が宿の当たりから上空に向かって走ってはじけたるが見えた。

「あ、花火ぃ!」
「うわ、キレーイ!」
「絶対、また来ようね」
「香月さんたら、すごいサービス!」

香月さんに教わったように、右に向かって走らせると看板が見えた。
貴子さんが地図にチェックを入れながら

「迷うような道じゃないけどねぇ・・・どうして、昨日は迷ったのかしらね。
 梨花ちゃん、あなた、ある種の天才かもよ」

5分ほど走ると、万屋(よろずや)というかコンビニみたいな店が見えた。
なんだかお腹が空いた・・・貴子さんに言ってみると、貴子さんも同じだという。
車内のみんなに聞いてみるとそうらしいので、
そこに寄って、菓子パンやら袋菓子やらを山盛り買い込んで、食べながらの帰途となった。
「力の限り騒ぐとお腹が減るんですねぇ」と梨花ちゃん。
全力出して騒いだんかい?!
まったく、若いって事は・・・

戸田さんはめきめきと元気になって、菓子パンをもらったりしていた。
昼過ぎに事務所の前に着いたのだが、荷物を下ろしていた戸田さんが
「余った食材はどうします?」と聞いてきた。
梨花ちゃんが

「パスタ以外はほとんど使ったから、パスタをみんなで分けましょうよ」

というと、戸田さんは首を振った。

「ビール以外は残ってるみたいですよ」

うそっ!梨花ちゃんはかなりの量を作っていた。
そして、あたし達はそれを全部食べたはずだ。
だが、みんなでチェックしてみると、ビールと貴子さんのお酒以外は
スーパーで袋詰めしたまんま残っていた。

「梨花ちゃん、あんた、香月さんちのを使ったんじゃないの?」

誰かが言うと、梨花ちゃんはむっとした顔で答えた。

「使ってませんてば!ちゃんとこのレジ袋をキッチンに持っていきました」

そう、あたしも見ていた。
梨花ちゃんはレジ袋をいくつも下げてキッチンに入って行った。
どうして食材が余った、というか全然手をつけられていなかったんだろう。
気になったので、香月さんの所に電話をかけてみたが、
「この電話はすでに使われておりません」というアナウンスがかかるばかりだった。
香月さんの言った電話番号はその場にいたみんなが聞いている。
全員が聞き間違いするとは思えない。

次の週の暇な時に渋る戸田さんを連れてあたしと梨花ちゃんは
貴子さんがチェックした地図を元に香月さんの宿に行ってみることにした。
渋っていた戸田さんだったけど、今回は特に具合が悪くなる事もなく
しっかり運転してくれて、あの万屋にすんなり行くことができた。
しかも、なんと1時間半で。

「ここから、200~300M行ったら、左手に未舗装の道があるはずよ」

だけど、行けども行けどもそんな道は見えてこなかった。
あたし達は万屋さんから1キロの道を何往復もした。
でも、見つけられなかった。

仕方なくあの万屋に戻って聞いてみる事にした。
万屋では小太りの話好きそうなおばさんが店番をしていて、
あたし達が入っていくと笑顔になった。

「おや、また来てくれたのかい?」
「え・・・覚えててくれてたんですか?」
「そりゃそうさ。あんなにパンが売れたのは初めてだもの」
「あたし達、ここから2~300M行ったところにある小さい旅館を捜してるんですけど、
 どこから行ったら行けるんでしょう?」

小母さんはおや、といった顔になった。

「あんた達、ここからちょっと行ったところの小さい宿に泊まったのかい?」
「はい。その宿を捜してるんですけど、見つからなくって・・・」

小母さんは感心した表情であたし達をしげしげと見て言った。

「そんな宿は今はこの辺にはないんだよ」
「・・・今は、っていうと昔はあったんですか?」
「そう。『十六夜荘(いざよいそう)』って言って、私の親の代に潰れてしまったそうだ、
 跡継ぎのお嬢さんひとりになった時に、入り込んできた板前が悪い男でさー、
 有り金持ち逃げしたんだよ。悪質な事に、借金までさせて
 そのお金もさっさと引き出してったそうだよ。
 で、山のような借金だけが残って、お嬢さんは自殺したんだそうだよ。
 それから、時々青い顔でうちに飛び込んでくる人が出てきたって話だよ。
 あたしの代になっても時々あわてふためいたのが飛び込んできてたしさ。
 母はお嬢さんが成仏できてないんだって言うんだけどね。
 元気いっぱいでやってきて菓子パンをもりもり食べたのは 
 あんた達くらいのもんだね。」

あたし達は顔を見合わせた。
あのどんちゃん騒ぎはリアルだった。
香月さんだって生き生きとしてたし、何より暖かかった。
信じられない。
それに、まったく怖い思いをしなかったし、不思議な事もなかった。
食材の件はまあアレだけど・・・
でも、どうやっても見つからないところを見ると、やっぱろそうなんだろうか。
あたし達はおばさんに礼を言い、ついでに菓子パンとソフトドリンクを買って店を出た。

車に乗り込むとずっと黙っていた戸田さんが身体を小さくして言った。

「自分のせいです」
「え?戸田さんは悪くないわよ。悪いのはコイツよ」

とあたしが梨花ちゃんを指さすと梨花ちゃんがエヘヘと笑った。

「いえ、違うんです。自分、そのぉ・・・幽霊を呼んでしまうらしいんですよ。
 友達は幽霊磁石なんて悪口言うんですけど・・・自分、お化けとかそういうの
 すごく怖いんですけど、何故か、呼んでしまうらしくって・・・」
「霊媒体質って、事?」
「まあ、そんなもんです。で、お化けが来ちゃうと、もう具合が悪くて・・・」
「あら、だから、倒れちゃったのぉ?」

と梨花ちゃんは興味津々だ。

「でも、今日は全然平気じゃん。こんなに近くまで来てるのにぃ」
「はあ・・・それが不思議なんですが、まったくそう言う気配がしないというか、
 平気なんです」

と戸田さんは頭をかいて困った顔で笑った。


戸田さんの体質が本物だとすれば、今は幽霊もお化けもここにはいないって事だ。

「香月さん、笑ってたよね。数十年ぶりにいっぱい笑ったって言ってたよね」

梨花ちゃんがこくこくうなづく。

「成仏したのかもしれない・・・」
「あー!あゆみさん、あの花火・・・!」
「うん。花火じゃなかったのかもね」

花火を見てない戸田さんにあの時の様子を説明してやると、
空を見上げて感慨深げにしている。
あたし達は道があったと思しきところまで行くと車を降りた。
3人並んで林に向かって手を合わせた。
香月さん、ありがとう。
あたし達も楽しかった。
すごく楽しかったよ。
と、胸がいっぱいになっていると、梨花ちゃんがはずんだ声で言った。

「きっと、アレが良かったんですね」
「アレって何よ?」
「社長の顔を踏んで、スッキリしたんですよぉ」

・・・り、梨花ちゃん・・・?!
そうかもしれないけど・・・あんまりな理由だわ。
いや、以外とそうなのかしら・・・・?  (終わり)
 
[PR]
by kumorinotini | 2007-08-17 13:58 | 創作