父とさだまさし

さだまさしが「精霊流し」をだしてヒットした時、父はいたくこの歌をほめた。
とにかく素晴らしいとほめちぎった。
その頃さだまさしは一応フォークグループの歌手であったけど
私からすると
フォークというにはあまりにも抒情的すぎるのではないか、
だからといってじゃあどのジャンルかというとひどう困るシンガーソングライターであった。
だが、父は褒めちぎったのだった。
どうも父は「精霊流し」を反戦歌あるいは原爆反対の歌だと勘違いしたらしい。
広島で原爆の犠牲者を慰霊するために灯篭を流す、あれを同じだと思ったらしい。
どっこい長崎の精霊流しは太平洋戦争のずっと前から行われているお盆の行事であったのだが。

それから数年たって
さだまさしが山口百恵さんのために書いた「秋桜(こすもす)」がヒットした時
父は今度はいたくこき下ろしたのであった。
なんちゅー軟弱な歌かと。
だいたい「秋桜」と書いてコスモスとしゃむに読ませるのはけしからん!ぐらいの勢いであった。
コスモスを「秋桜」と書くのは辞書にも堂々と載っている事で
さだ氏が創作した当て字ではないのだが
いつかはわからないけど
「精霊流し」が自分が思うような反戦あるいは原爆反対の歌ではないと知ったらしい父は
なんとしてもこき下ろしたかったのだろう。

父はあらゆる事をイデオロギーで量る男であったのだ。
可哀そうに。


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by kumorinotini | 2018-08-02 20:06 | 私の一族 | Comments(0)

ミラーサイトだったのに、本家になっちゃって・・・


by kumorinotini