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女王様はバージンロードを歩く 1/2

今日は6月の終わりの日曜日。
だいたいその頃は梅雨に突入していて、じとじと雨が降ってる事が多いのだけど
今日は違った。
本日は晴天なり、と言ってみたくなるほどの梅雨の晴れ間。
結婚式にはもってこい。
しかも大安でお日柄も良くってやつだし。
実は、今日は半年前まであたしたちの仕事仲間だった加代さんの結婚式なのだ。

加代さんのだんな様になる人は田中さんといって、加代さんと同じ30歳。
田中さんは別に加代さんのお客でもなく、二人は合コンでもなく、ナンパでもなく、
たまたま田中さんの母親が道ばたで具合悪くなってしゃがんでいるのを介抱した事が
縁で田中さんと知り合って、本日のこの佳き日にゴールインしようとしている。
あたし達は加代さんの話を聞いて
「罠にかかった鶴が田中さんのお母さんみたいなもんよね。
 年取った鶴でも一応助けとけば、何か御利益があるかもしれない」
なんて話をしたもんだ。

クリスチャンじゃないけど、宗教に鷹揚な日本人の常として、
加代さんと田中さんはホテル付属のチャペルで結婚式をあげる予定になっている。
あたし達は新婦の控え室に押し掛けて
花嫁姿の加代さんとおしゃべりしたり、代わる代わるシャメを撮っていると
田中さんのお姉さんが娘のユリアちゃんを連れてやってきた。

「まあ、加代さんおきれいだわーさすがにモデルをしてらした方は違うわねー。
 ご友人の皆様も本当におきれいでいらして」

田中さんは加代さんの仕事を知ってるんだけど、彼のご両親には刺激が強いだろうと
いう事で、
あたし達は小さいモデルクラブで働いており、仕事の多くはコンパニオンという事にしてある。

加代さんはあちらのご両親にちゃんと話しておきたかったようだけど
世間的に誤解されやすい商売だし、加代さんの良さをしっかりわかってもらってから
話をしてもいいだろうと田中さんと社長と加代さんで相談してそう決めたそうだ。
まあ、あたし達は全員コンパニオン程度の容姿の持ち主だから、真実味はあるしね。
というわけで、あたし達はローブデコルテよりは大人しいけどモデルっぽく見える装いで
新婦控え室でたむろしてるわけだ。

加代さんのウェディングドレスは
ビスチェ部分に淡いピンク色のビーズでバラの刺繍がしてあって
オーガンジーのふわっとしたスカート部分にも所々同じバラが付いている。
ユリアちゃんのドレスは大人しいAラインのドレスだったけど、
ボンネットに加代さんのと同じバラの刺繍がしてある。
ユリアちゃんは本日のリング係なのだ。

リング係というとなんだか、ボクシングでも始まりそうだけど
このホテルの演出の中にリングピロー(結婚指輪を乗せる小さいクッション)を
捧げ持つ役というのがあって、ユリアちゃんママが「うちの娘に」と速攻手を挙げたそうだ。
ユリアちゃんというのが、けっこう可愛い子なので、綺麗な恰好をさせたかったらしい。
しかも、花嫁持ちでドレスを用意するので、懐は痛まないというわけ。

加代さんはユリアちゃんに笑顔で言った。

「今日はどうぞよろしくね、ユリアちゃん」

「うん、わかってる。昨日から何回も練習したから、ちゃんと覚えてるよ。
 そこにある指輪と指輪のクッションを持って二人の後ろを歩いて、
 神父さんの隣に立っていればいいんだよね」

「そうよーユリア。大事な大事な指輪だからなくしたりしないでね」

「大丈夫ですよ、お義姉さん。ぎりぎりまでここに置いておきますし
 美容師さんがちゃんと渡してくれますから」

と加代さんが言うと、それまでつつましく花嫁の側に控えていた美容師さんが
柔らかい笑顔で会釈をした。

ユリアちゃんママは 弟の田中さんの所に戻っていったが、
ユリアちゃんはあたし達のドレスが気になるらしくこっちに残る事になった。
ざっとドレスにかんする質問をしてしまうと飽きたような表情になったので
優しいお姉さんのあたしは
時間までユリアちゃんを連れてロビーというかホールをウロウロすることにした。
それにしても、小学2年の好奇心恐るべし。
まったく、あれは何?これは何?って参ったわ。

「ねえ、お姉さん。あれは何?」

と受付テーブルの上の袋の束を見て聞いてきた。
大安で日曜のせいかこのホテルでは本日4組の結婚式が執り行われるんだそうな。
加代さんの式と披露宴は割とこぢんまりと言うか
本当に二人を知っている人しか呼んでないので、アットホームな感じなんだけど
1時間違いの方はやたらと大人数の結婚式らしくて受付のご祝儀袋の数が半端でない。
あたしがあれにはお金がはいっているのよ、と教えると
ユリアちゃんは大真面目な顔で

「そうだよねーお金は大事だよねーうちのママなんていっつも
 お金がない、ってブツクサ言ってるもん」

「あら、そうなの?」

こんな年端もいかない子どもの前で、そんな事言っていいものかしらと考えていると
ご祝儀袋を眺めていたユリアちゃんがさらりと言った。

「あのオジサン、ドロボーじゃない?」

見ると四角い漆塗りらしき黒い箱にぎっしりご祝儀袋を入れたのを
礼服の男性が受け付けの人から受け取って運んで行く。

「ああ、きっとホテルの関係者よ。あまり積んでおくのも危険だから
 事務室かどこかに保管するんでしょ」

あたしは関心がなかったのだけれど、ユリアちゃんは興味津々で男の姿をじっと追っている。

「あ、あのオジサン、トイレに入ってく」

というユリアちゃんの声に、慌ててトイレを方向を見ると、さっきの黒服の男が出入り口に消えていく後ろ姿が見えた。

ほんとだ。トイレに行った・・・・
ト、トイレ?
なんでトイレ?
ご祝儀袋を持ったまんまトイレ?
めちゃめちゃおかしいじゃないの。
あたしはユリアちゃんと手をつないだまま、トイレの出入り口付近にさりげなく立ち、男が出てくるのを待った。
やがて、例の男が大ぶりのボストンバッグを持って出てきたのだけれど・・・

男は礼服を着てない。
濃い灰色のスーツ姿に変わっている。
あたしはさっと近寄って言ってみた。

「ご祝儀袋はどこにやったんですか?」

男はギョッとした顔をして、走って逃げようとしたので

「ドロボー!!」

と叫びながら、あたしはとっさに男の背中めがけてバッグを投げ付けた。
バッグは上手い具合に男の後頭部に当たりバウンドして
手提げ部分のチェーンが男の足にからまり、男は足をもつれさせ転んだ。
あちこちから人がばらばらとやってきて、男はとうとう取り押さえられた。
<フロア・マネージャー>の名札を付けた男性がボーイ数人から何やら聞いて
あたしのバッグを拾いあげるとあたし達のところへすっ飛んで来た。

「ありがとうございます。おかげで窃盗犯を捕まえる事ができました。
 こちらといたしまして何かお礼をさし上げたいのですが、
 当ホテルの最上階のレストランでのディナーでは如何でしょうか?」

うーん。
見つけたのはユリアちゃんだし、これはユリアちゃんのお手柄よね。

「この子が最初に気づいたの。だから、この子とご家族にディナーを
 プレゼントしてくれる?で、この子に感謝状も書いてくれると嬉しいんだけど」

「かしこまりました。お名前とご住所を頂戴できますでしょうか?」

ユリアちゃんがマネージャーさんの手帖にいろいろ書いている間に

「それと・・・このバッグでございますが・・・」

とうやうやしく差し出されたあたしのバッグはチェーンが切れていた。

「あらぁ・・・切れちゃったわねぇ」

「当ホテルのアーケードにバッグ専門店も入っておりますので
 そちらでお選びいただけますれば、半額にさせて頂きますが・・・」

「え?いいの?」

「はい」

今日はちょっと持ち合わせがないので、後日という話になり、
あたしはマネージャーさんが一筆書いた名刺をもらった。
役に立たないチェーンはバッグの中に押し込んで、今日はとりあえず抱えバッグとして使う事にしようっと。
そろそろお払い箱にしようと思っていたバッグだから、大もうけだわ。
あたしとユリアちゃんは深々とお辞儀をするマネージャーに送られて
気分よく新婦控え室に戻った。                   (続く)
by kumorinotini | 2007-06-10 15:22 | 創作 | Comments(0)

ミラーサイトだったのに、本家になっちゃって・・・


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