カテゴリ:母の胃がん( 118 )

ヘルプマークを作る

ヘルプマークってのがある。
パスケースくらいの大きさの合成樹脂かなんかでできていて、
真っ赤で、十字とハートマークを白く抜き、
裏側に何を書くかは人それぞれだけど、
周囲が気を付けるべき事やかかりつけの医師が書けるようになっている。

母が入院した時に、そのヘルプマークを入手しようと思い、
ドラッグストアで配布していると知り、師匠にドラッグストアを回ってもらったのだけど、
どこにもなかったので100均でパスケースを買い、
似たのを作って母のバッグにつけてやったのよ。

というのも、母が事あるごとに、入院したくない、通院では駄目なのか、と言っていたもので、
そんなに家に帰りたいのかと思ってさ。
病院でも、最大5泊まで帰宅を許可する、と言ってるのだから、
輸血して具合よくなったら、外泊して自宅にもどればいいと思ったわけ。

でも、途中何があるかわからないから、
なにせ倹約家だからタクシーを使わずに地下鉄とかで帰宅するんだろうなと思ったのよ。

ところが、ところが、母が帰宅したのはたったの1回だったわ。
3か月以上入院してて、たったの1回。
初期のころは輸血から数日は元気いっぱいだったのに、がんとして帰宅しなかった。
なのに、貧血だ、具合悪い、家に帰りたい!と私に電話よこしたりもして、理解不能な人であったのだが。

一度家に帰りたくないの?と聞いてみたら、
「お父さんのいる家になんか帰りたくない」とけんもほろろ。
じゃあ、通院でなんとかとねばったのはいったい何だったんだ?となるわよね。

最後までまったく理解できない母親だったわ。

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by kumorinotini | 2018-11-27 21:04 | 母の胃がん | Comments(0)

ハンコが違う!!!

母が亡くなった後、いろんな引き落としを父の口座に移す事になったの。

で、通帳と判子のお出ましとなるわけだけど、
最近の通帳って使用の判子を通帳のどこにも押してないじゃない?
母がどっかに書き残してるかどうかわからなかった。
父なんてもっとわからない。

大、中、楕円の判子3本を前にただただ困るだけ。

通帳をあれこれ見ていくと、ひとつだけ判子がわかるのがあった。
父名義の通帳に大の判子を使っている。
大の判子は印鑑登録用でもあったけど、きっと大は父用で、(父が言うに)中は宅配用だった、と。
となると、楕円が母用なのね(→これは当たっていた)。

各種の公共光熱費の引き落としを父の銀行口座に移すべく
あちこちに電話して振替口座変更の書類をもらい、
ばんばん書いてばんばん判子おしてばんばん郵送しましたさ。

その二日後、口座用に変更した銀行に行って、なんちゃらしたら・・・

「この口座の印鑑がちがいます」

なぬ!?
なんですと?
え?
大きい印鑑じゃないの?

どんなのですか?と聞くと、それはちょっと・・・と銀行のお姉さん。
「楕円ですか?」
と聞くと、そこだけ教えてくれる。
「はい。楕円です」

あちゃ~~~~どうしよう、
てっきり大の判子だと思って、振替口座用の書類に大の判子押しちゃったわよぉ!!
と、窓口の女性が、

「もしもご本人(=父のこと)を確認できるものをお持ちでしたら、
 こちら(=大の判子)に変える事はできますよ」

わお!
なんと父は母が勝手に作っていたマイナンバーカードを持っておった。
本人もいたし、写真付きのカードもあるしで、すぐに印鑑を変更してもらったわ。

二日前に引き落とし先変更の書類をしちゃってだけど、間に合うかしら・・・間に合ってほしい。
でも、駄目ならもう一度やりなおせばいいんだし、と腹をくくったわよ。

で、それから一か月と少し。
本日、電気の口座を今月から(父の)口座引き落としにします、という葉書が来た。
に合ったようです。
はあ~~~よかった、面倒がひとつ減ったわ。

ああ、一覧表でも作っておいてほしかったわ。
うちの母はそいいうのはきちんとしてると思ったけど、意外と駄目だったのね、残念。
1年も余裕があったのに、何してたのかしら?
考えつかなかったんでしょうね。
私もまさかこんな事になるとは思わなかったもの。
自分の時は気を付けようっと。

でも、私は銀行ごとに使用印鑑と暗証番号と金額を列挙したものを、家計簿の後ろにつけてある。
たぶん大丈夫。

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by kumorinotini | 2018-11-23 19:29 | 母の胃がん | Comments(0)

葬儀の心配

母の葬儀が終わる頃に父が

「いやぁ、葬儀の事だけ心配だったんだけど(ちゃんと済んでよかった)」

みたいな事を笑顔で言ってたんだけど、
心配だというわりに何も用意してなかったわ。

あ、ひとつだけ用意してたか、友人の電話番号。
でも、その番号は間違っていた。
本来11桁のはずなのに、10桁しか書いてなかった。

何なんだ?と思ったけど、
これもまた父なのだなと諦めるよりないのよね。
さいわい自宅が近かったのと、亡くなった翌日が通夜だったので、自宅に確認に行く余裕があったので
そこはまあなんとかクリアできたんだけどね。

父は父、なんだわ。

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by kumorinotini | 2018-11-22 19:21 | 母の胃がん | Comments(0)
母親が死んだのを知られると何が困るって

「お母さまをお啼くしになってさぞや悲しいでしょう」

みたいな目でみられる事。

今のところまったく悲しくない。
今月は母が生きてたら、89歳の誕生日なんだけど

「ああ、もう誕生日のお祝いはないんだな・・・ああ・・・」

て事もないし
なんだろね、スッキリしてるのよ。
親不孝もいいとこだわね。

でも、そうなんだから仕方ない。
妹はどうなんだろうとちらと思ったりするけど
人は人、自分は自分。
妹が哀愁ただよってたとしても
じゃあ私も、となるわけもなく、
そういう母子だったんだから、仕方ないとしかならない。

だから、他人様の「お母さまをお亡くしになってさぞかし・・」
という目線がウザイんだわ。
いろんな母子があるんだしさ。
私みたいに非常に冷たい人間とか
いろんな人がいるんだしさ。

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by kumorinotini | 2018-11-10 22:41 | 母の胃がん | Comments(0)
「話を合わせてただけですよ」

私は覚えてないけど、
例の母の前のかかりつけの医師が私と妹が伺った時に放った言葉だそうで。
そこまではっきり言うかなぁ・・・と思ったけど、
もう自分の手を離れるとわかっていたから、言ったのかもしれない。

妹はたぶんこの言葉を母には言わなかったと思うし、
彼が冷たい表情で「愛想のいいばあちゃんだなと思っていた」と言った事も母には言ってない。

だが、母の
「先生は私のことを母親みたいに思っているみたい」とか
「私がいくとすごく喜んでくれる」
「**さん(=母)と++(=母の甥っ子)くんの3人で温泉に行きたいなぁ」
とかとかとかを思い出すと
暗澹とした気分になるわ。

母からそういった話を聞くたびに、
なんだか気持ち悪い話だなぁ、
ほんとかいなと思うところはあったのだけど、
母も喜んでいるし、害はないんだから、まあいいかと思っていたのね。

だいたい自分が散々イイヒトを演じているくせに
他人が演じているとは思わなかったのかね、という疑問もあるんだけど、
人間は哀しい生き物で、自分がそうであるにも関わらず他人がそうだとは認めないとこがあるものね。

医師と患者の仲良しこよしごっこは
土壇場で壊れてしまったのも当然といえば、当然かもしれない。
もしも母の言うように、母の事を大事に思っているのなら
あんな冷たい言い方しないだろうなぁ。
「そうか・・・最後まで診たかったけど、ホスピスに入りたいのなら仕方ないね」
とかなんとかいうだろうし。
頭おかしくなって自分とこに来たら、どうしたらいいか、考えておけ、なんていうわけない。

母はどうもべったりの関係が好きらしくて
それで医師と患者の関係をこえた親しい関係、みたいなのを夢見たのだろうけど
そんなのは母の頭の中にしかないのよ。
金主と太鼓持ちみたいだわ、母とあの先生と関係は。

比べてH病院のN先生は
自然体でよかったよ。
なんのケレンもなくて。
時々面白いことも言ったらしいし。
でも、母はもっとべったりした関係を望んでいたっけ。
それは無理というものだ。
母だけを診ている医師ではないのだ。
専属ではないのだ。

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by kumorinotini | 2018-11-09 22:05 | 母の胃がん | Comments(0)

大笑い

母は大笑いした事があったんだろうか、と妹が言うのを聞いて
考えてしまったわ。
そういえば
腹筋崩壊するほど笑うのを聞いたことがないな、と。
お腹がよじれて痛い、と言うのを聞いたことがないな、と。

私が結婚して家を離れた後で
そういう事があった可能性は否定できないけど
結婚するまでの26年間ではそういう記憶がない。
作り笑顔か
こっちに文句を言うか
周囲への不平不満をいう顔の思い出しかない。

なんだか気の毒な一生だわね。

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by kumorinotini | 2018-11-05 22:34 | 母の胃がん | Comments(0)
10月第二週に入る頃・・・
母が個室に移った後に妹から来たメールで

「呼吸も浅くなってきたし、見舞いにいったらなるべく長くそばにいようと思う」

などと書いてきて
なんと親孝行な娘である事よ!と感心したわ。
私は夫さんが毎度ついているので
夫さんの楽しみにしている時代劇のドラマに間に合うよう帰らなくちゃ、とか
夫さんが飽きてるんじゃないか、とかいろいろ考えてしまうし
何より私自身がそばにいる気がおきないというか・・・
誰にも言えないけど
母の顔を見るたび、
この人は、
私を要らない子だと、
欲しくなかった子だと
言葉を変えて何度も言ったんだよなぁとか思ってしまう。
育ててもらったんだから、ありがたく思うべきなんだろうけど。
そう、ありがたく思わないとね。
ありがたく。
誰が思うか。
思えない。
思えないよ。

だから、義務で思うことにする。

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by kumorinotini | 2018-10-31 22:53 | 母の胃がん | Comments(0)

家族室

H病院には家族室というのがあって
臨終間近い患者の家族が使えるようになってる。
で、今回一日使用させてもらったわ。
有難かった。
椅子で寝るんじゃなくて
お布団しいて寝られるって
きっと身体のしんどさが全然違うわよね。

家族室には妹と泊まったんだけど
妹はよく寝たらしいけど
私は1時間おきに目が覚めて
どうせ目覚めたんだからと母の様子を見に行ったりしてたから
すっきり眠れたとは言えなかったけど
仕方ない。
(父は病室備え付けのエキストラベッドで寝てた)
これもそれもナースマンのフライングのせいというか・・・
良かれと思って、今日明日がヤマですって言ってくれたんだろうけどさ~
結果論になるけど
昼日中に死んだんだから、無駄な宿泊だったなと後で思ったわ。
父の予測の方が合ってたんだわね。
でも、ナースマンは私たち娘の、親に対してすごく冷めてるのを知らないから
これまた仕方ないのよね。
外からみたらすごく良い親子・夫婦に見えてろうしさ。
潜入観念だってあっただろうし。

仕方ないのです。

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by kumorinotini | 2018-10-30 22:21 | 母の胃がん | Comments(0)
これは葬儀の司会者の言葉で初めて知ったんだけど
実家ではあちこちに鏡をかけていたらしい。
気づかなかったよ・
その心は・・・

「なんども鏡をみて笑顔を作れているかどうか確認するため」

なんだとか。
誰情報か知らないけど
まあ、母はそういう人であったよな。

会場にいた人はそのことに感心してたらしいけど
ちょっと立ち止まって考えてみて。
それって生来の明朗闊達じゃないって事だわよ。
(母の経歴を書かされた時、性格のとこに「明朗闊達で、人を楽しませることが好き」って 父が 書いた)
努力して努力してそうしてたってことよ。
いや努力を否定してるわけじゃないわよ。
でも、努力しないとそうできなかった人だったって事よ。
そうやって演じていたって事でしょ。
それってどうよ、とか思うわけ。

でも、他人様、プラス父はそれに騙されてたのよね。
騙す、というと人聞きが悪いか、
母の演技を生来のものだと信じてたってことだわね。


その司会者さまと母の経歴を確認してた時に
司会者さまが父の言葉を信じて、
「お母さまというのは
ご家族さまにとって明るくて太陽のような、そういう人だったのですね」
と念押ししてきて
私は言葉に詰まってしまったの。
そうです、なんて嘘言いたくない、と思ってたら
妹が重々しくうなづいて「はい、そうです」って答えたのよ。
思わず妹の肩を叩いて「アンタ、偉いな」と言ってしまったわ。
ほんとに偉い。
私には言えない言葉だもの。
妹の方がずっと大人なのね。
見習おうっと。

それにしても「明朗闊達」って・・・
父は母のどこを見ていたんだろう?
それとも結婚以来妻を見ていなかったのか?
それとも、母は騙しおおせてしまったのか?
それはそれで凄いことだけど。
だけど、そういう大女優の楽屋裏を知ってるこっちはただただしんどいだけだった。

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by kumorinotini | 2018-10-28 07:39 | 母の胃がん | Comments(0)

遺影、遺影

・母と遺影
生前母が妹に遺影の修整を頼んだのだそうで
そのことで妹は悩んでいた。
母の言う「可愛く(修正)してね」は相当の修整を希望しているようで
母はPCをやる手つきをして
簡単にできるものと信じて疑ってない様子で依頼してきたそうだ。
うちの娘は相当PCに手慣れているし
ペンタブも使いこなしているのに、頼んでこないのは
まあ知らないからだけど、妹がそういうのにたけているとどこいたへんで思ったか知らないけど
とにかく注文してきて写真も預けてきたそうだ。

あまりにも妹が悩んでいるので
私は母に聞いてみると
例によってれいのごとく
「何もそんなすごい事は言ってない」
と当初の意気込みをなかったものにしてきたけど
PCを使ったら、もっとすごい事ができるんじゃないかと言いたげ。

そこで、妹にはそんなスキルないから、
葬儀社でそれなりにしてくれるはず、と要望のハードルを下げさせたんけど
「私はマジックインキで自分で髪の毛を足したり、色を足したりして、直してる」
それくらい素人でもできるんだから、といささか不満げだった。

その顛末を妹に話したら
「そんな話、誰にもできない」
とウンザリした顔だったわ。
90近くなってもそこまで美醜にこだわる母親だという事を
誰にも言えない、知られたくない、ということだと理解したのだけど違うかな?
私は、そこまで美醜にこわる執念が恐ろしいと感じたんだけど。


・もういっちょ遺影の話。
葬儀も終わりまして、夫さんが
「どこにお義母さんの写真を飾ろうか?」
と言ってきて、私はぞっとしたのよ。
写真を飾る?
冗談じゃない!
と思ったわ。
で「写真は飾らなくていいから」と答えたんだけど
夫さんはそういう私を理解できない感じで見つめてきたわ。
でも、嫌なものは嫌なのよ。
やっと母から離れることができたのに・・・

考えてみると、
我が家には義父・母の写真を飾ってあるのよね。
仏壇の近くに。
それがあるんで、夫さんは「写真を」と言い出したんだろうけど、
こっちからすると母の写真を眺めるなんて絶対に嫌だ!という思いしかない。
こんな思い、誰も理解できないだろうなと思うと
なんて変な親を持ってしまったんだろうといささか暗澹とするのよ。

父が亡くなった時も
「写真を」と言ってくるのかしら?
そしたら、また断らなくちゃね。
ああいう愛情たっぷりの親を持った人には
うちの親は理解不能だろうなぁ。 

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by kumorinotini | 2018-10-27 22:28 | 母の胃がん | Comments(0)

ミラーサイトだったのに、本家になっちゃって・・・


by kumorinotini