とある社宅で出会ったオキーフさん(40才ちょい)は
自分の子供の事を話す時、
まるで邪魔でしょうがないかのように話すのだった。

なので、私は、オキーフさんはてっきり子供が嫌いなのだと思っていた。

オキーフさんに言わせると、こうだ。

「まったく下の子ったら、ばかみたいに育つから服を買ってもすぐ無駄になる」

「上の子ときたら すぐに泥んこ遊びをするから玄関が泥だらけ」

「この子(下の子)は汗っかきだから タオルが手放せくってーほんっと面倒だわー」

なんたらかんたら・・・・

書くとどうってことない言葉だけど
いちいち顔をゆがめて吐き捨てるように
いかにも苦々しく言うので、聞いている私は心が冷える思いだった。

そのわりには
いつも子供たち(4才♀と2才♂)と連れだって外に居たし、
えらくこまめに面倒を見ているのだったが。

そんなある日、お隣の奥様がそっと言った。

「オキーフさんねぇ、子供さんができるまで随分苦労したんだって。
 だから、生まれた時はすごく嬉しかったってこないだ言ってたわ。
 それに子供たちは自分の宝だとも言ってた」


う・・・嘘ぉーーーーーー


驚く私を見て、お隣さんはニヤリとした。

「そうは見えないでしょ?
 私もねーそれを聞くまでは ちょっとアレかなぁなんて思ってたもの。
 でも、あの言い方は最大限の愛情表現らしいのよ。
 びっくりよねぇ」

そう。

そうなのだ。

世間にはマイナス表現でしか愛を語れない人もいるのだ。
ここまで極端でなくても
ソフトにマイナスの愛を語る人は案外多いのではないかと思う。

<謙遜>ともまた違うのである。
<謙遜>からもう一歩踏み込んだ、ともいうべき表現で
なされているのではないかと思う時がある。

ややこしい話だ。

その“マイナス部分”を信じた挙げ句、
うっかり同情したり
眉をひそめて話に乗ったりするとあとで馬鹿をみるのはこっちである。

誰もが「好きだぁーーーー」と愛を語るわけではない、
という事を肝に銘じ方が良いだろう。

でないと
とんでもない間違いをしてしまうかもしれない。

くわばら、くわばら・・・・・
[PR]
# by kumorinotini | 2006-08-01 11:26 | 雑感 | Comments(0)

残り香・焙じ茶の場合

夕べから、台所が焙じ茶くさいのです。

ま、それも当然といえば
当然のこと。

だって安いお番茶を買って
それで焙じ茶を作ったんだから。

換気扇をガンガン回しながら焙じたので
そんなに匂いは残らないだろうと思ったのですが
一晩たってもしっかり残っています。

別に嫌いな匂いではないのですが
嫌いでなくてもやたらと匂うと
だんだんウンザリしてくるものですね。

匂いはほのかにするから良いのであって
しつこいとどんなに好きな匂いでも
飽きてくるものなのかもしれません。
[PR]
# by kumorinotini | 2006-07-31 10:27 | 暮らし | Comments(0)

「母さんに悪気はない」

関東に住んでいた時に
震度5の地震に見舞われたことがあった。

けっこう揺れたように感じたけれど、
棚の物も落ちなかったし
気象庁が大げさなんだと思ってさっさと寝た。
地震は夜にあったのだ。

次ぎの朝、母から電話があり
昨夜電話がつながらなかった事を聞いた。
母によると、何度かけてもつながらないので心配したとのこと。
へえ、そうだったんだと知って、
夫の実家もさぞかし心配していることだろうと思い、
さっそく電話してみた。

私「あ、お義母さんですか?須賀子です」

義母「どちらの須賀子さんですか?」

・・・・・・
そういえば義母は耳が遠かったんだっけ。
しかたないなー

私「えーーと、ご長男のマットの嫁の須賀子です」

義母「(しばらく考えている模様)・・・ああ、何の用?」

私もややしばらく考えた。

・・・この様子では、心配してなかったんだろうか?
夜だったから、TV見てなかったんだろうか?
だけど、義母は毎日夜の12時くらいまでTVをつけっぱなしのはずだけど。
あれやこれや考えながら

「あのぉ・・・地震の件なんですけど」

とおそるおそる言ってみると

義母「ああ。揺れなかったよ」

と、さっぱりしたもので

「こっちは大丈夫ですから心配しないでください」

と言いだしにくくなってしまった。

で、仕方なく
「あー・・・そうですか。それはよかったです、ハイ。
 ・・・では、失礼します」

と言って電話を切った。
そう言うしかあるまい。

義母は普段、息子夫婦の事なんか考えてないらしいし
震度5は東京、
そして、私たちが住んでいたのは東京のとなりの市だったから
そんなに心配しなかったんだろうなぁと
深く考える事はしなかった

義母はこだわらない性格だから、まあこんなものかとも思ったし。

ところが、その日の夜、義父から電話があった。

「今日は悪かったな。母さんには悪気はないんじゃ。
 今日はあちこちから電話があってうっかりしておったそうじゃ。
 とにかく母さんには悪気はないから」

と「悪気はない」のオンパレード。

この電話がなかったら、その日の午前中の事なんか
私はすぐに忘れてしまったと思う。

だが、義父のこの電話が私の心にひっかかりを作ってしまった。
ひょっとしたら本当は悪気があったのだろうか、
私に何か<含むもの>を持っているのだろうか、
あんなことやこんなことを。
・・・・・
あんな変なだめ押しみたいな電話、くれなければよかったのになぁと
私は義父の気配り(?)がちょっと恨めしかった。 

それ以後も
義父はことあるごとに
「母さんに悪気はない」を連発した。
必要のない場面でも言うのだった。

どうも義父は自分が人肌ぬがないと
<嫁ー姑>戦争が勃発すると固く信じているのではないか
ということに後日思い至った。

義父は自分が息子の事をかまいたくてしょうがないので
義母もそうだと決めつけているのかもしれない。

だが、義母はさっぱりした人柄だし
ある種面倒くさがり屋なので
息子に対してもクールであり
私と義母の間にその手の戦争は起こりようがないのだが
今日も義父は私を物陰に呼んでささやくのである。

「母さんに悪気はない」

ハイ、お義父さん、もう、わかってますから。

・・・・義父につき合うのも疲れるのである。
[PR]
# by kumorinotini | 2006-07-30 13:24 | 夫さんの一族 | Comments(0)
結婚前から思っていた事の中に
子供ができるかどうかのうちに
夫婦が
「お父さん」
「お母さん」
と呼び合うのはちょっとオカシイナというのがあります。

相手の親でもないのに相手から
「お父さん」「お母さん」と呼ばれるなんて、と独身の私は考えておりました。
でも、これは私が独身だからそう考えるのであって
結婚したら変わるかも、なんて思いも多少はありましたが。

そして、結婚して思ったのは
夫を「お父さん」と呼ぶのはやはり嫌だという事でした。
自分の父親でもないのに
「お父さん」なんて呼べません。

本当言うと「お母さん」と呼ばれるのも好きではないのですが
何度交渉してもダーリンがすぐ忘れて
「カータン」と呼び、さらに進化すると「アータン」となりまして、
ここまでくると、もう、どうにでもしてくれという気分で
最近では諦めています。
「お母さん」でも「母さん」でも「母ちゃん」でもない、
といったあたりで手を打つ事にしました。

では、私は、というと夫の事は
「○○(これは秘密)」と呼んでおります。
あ、ちなみに○○の中は「ダーリン」ではありません。

この○○に落ち着くまで
「△△さん(ダーリンの苗字を呼んでいた)」 
「御前さま」
「タオタオ」(これは師匠が小さい頃ダーリンをそう呼んでいたので)
と、いろいろと変遷したのですが
今は「○○」。

これに落ち着いていますし
私も落ち着きます。
ま、けっこう長い間これで呼んできたので
慣れたという事もあるのでしょうけども。


でも、ダーリンは○○と呼ばれる事をどう思っているのでしょう?

実は結婚したての頃は
「あなた♪」
と呼んでほしい、という恐ろしい依頼があったのですが
いくら言ってみても私の方が慣れることができず
勘弁してもらった、という経緯があります。
ダーリンに何か話があって
「この前のあなたのアレだけど・・・・」
なんて使うのは平気なんですけどねぇ。

この「○○」については
ダーリンに聞いてみた事がないので
わからないのですが、特に嫌がっている様子もないし
電話してきた時に
「○○でぇーーーすっ」
と名乗るところをみると
気に入る、までいかなくても平気なのでしょう。

「○○」、
気になるでしょ?
でも、これについては
友達だって教えられないなぁ。
[PR]
# by kumorinotini | 2006-07-29 13:23 | 雑感 | Comments(0)

うっとりするもの

この方たち、すんごく、かあいいのね~~

うちの旦那が一番カワイイ

FOR えたーなる・ろまんす

僕と彼女は結婚する
             (アイウエオ順)

新婚さんだから~とか
今だけだわね~とか
そのうち醒めるわよ~なんて
オバサン特有のドッチラケな目線はやめて
これらのカップル達のラブラブビームを思う存分浴びましょう。
健康になれるかもしれない。(どうやって?!)

というオチャラケはおいといて
私はこーゆーベタベタ物(?)がすごく好きなのね。
互いに敵視しあう夫婦の息詰まる冷戦も
時には良いのですけど・・・・

それより こーゆーベタベタ物(?)のを読んで 
蜂蜜風呂でのたくる気分になるのが私の趣味です。

で、
これらのブログの中の可愛いネタをダーリンに教えてやったら

「ま、今のうちだけだな」

とクールなお言葉。

あらっ?

ダーリンて そういう発想する人なわけ!?

ひょっとして今夜、ダーリンに
「マイ スウィート ハニー」
なんて言われるかもしんない、なんて期待して損した。

プンプン!
 
[PR]
# by kumorinotini | 2006-07-28 10:35 | 電脳 | Comments(0)

失敗しない出汁の取り方

昨日、お蕎麦屋さんのそばを通ったら
とても良いお出しの香りがしたから、というわけではないですが
失敗なしのお出しの取り方。


まずお湯をわかします。
量は500cc~1000cc(つまり0.5~1リットルね)あたり。
沸かしてる間に
ボウルか鍋を用意し、
その中に(グワシッと)ひとつかみの鰹節あるいは削り節を入れておく。
(昆布だしの好きな人は昆布も)
湯が沸いたら、火を止めて一呼吸おいて沸騰した湯が落ち着くのを待ち
さっきの鰹節(or削り節)入りのボウルor鍋にドボドボと注ぎ入れる。
すぐにボウルor鍋にフタをして、15分くらい放っておく。

これで 金色の出汁がとれます。
変な臭みはないし 美味しいです。
[PR]
# by kumorinotini | 2006-07-27 11:13 | 暮らし | Comments(0)

水面(みなも)ゆらゆら

うちには私が一目惚れして買ったガラスの大鉢がある。
直径29センチで縁を細い緑色の線が1本取り巻いている。
涼やかでおとなしいデザインだ。

値段も安かった。
大小セットで1500円。
(小は去年、ダーリンが割ってしまった)

即決で買った。

だが、何も考えずに買っただけの事はあって
まったく使い道がない。

素麺ならなんとかなるだろうと思ったが
まったく似合わない。
サラダを盛りつけるには大きすぎる。
かくしてその大鉢は何年も食器棚の隅で不遇をかこっていた。


先日、ちょっと思いついて
ガラスの大皿に水をたっぷり張って
ベランダに置いてみた。

日が差すと水面で反射した光が居間の天井に映ってゆらゆらする。

風があってもなくても水面は揺れているらしく
天井に反射した光は激しくゆらゆらするか
ゆったり揺れるかのどちらかだ。


ゆーらゆーら・・・・


ゆらゆらゆらゆら・・・・


時々天井を眺めて
そのゆらゆらを見つけると、とても気持が和む。

うちの居間は南面しているため
夏場は日差しが居間の中まで来ない。
だから
窓辺に飾ってあるサン・キャッチャーの作り出す虹を楽しむ事ができない。

水面ゆらゆらはちょうどその代わりになったようだ。

洪水や大雨は困るが
ゆらゆら程度の水の存在は心に良いような気がする。
[PR]
# by kumorinotini | 2006-07-26 11:13 | 暮らし | Comments(0)
「私が似合わない恰好をしてるってあなた達思ってるでしょ?」
と1階の奥様がそこにたむろしていた私を含む2・3人に聞いてきた。

図星!だった。

1階の奥様は、きりっとした美人で、
女優の江波杏子さんに似ている。
だから、以後は江波さんと呼ぶことにする。


江波さんはくっきりした顔立ちで物言いもシャキシャキしている。
見方によってはちょっとキツイ顔立ちかもしれない。
シャープでシンプルな印象の服、あるいは
モノクロの服を着たらどんなにか似合うだろうと常々思っていた。

だが、江波さんはそういう服は着なかった。
レース。
リボン。
花柄。しかも小花の。
フリル。
そういったものであふれている服をお召しだった。

エプロンはいつも真っ白で
これまたレースがふんだんに付いていた。

江波さんのお宅にお邪魔した事があるが
リビングに行き着くまでに
レースフリフリの暖簾を3つくぐらねばならなかった。

そうやってたどり着いたリビングにはソファと座卓があり、
ソファには小さめのクッションがたくさん置いてあった。
クッションカバーは小花模様でリボン、レースもきっちり付いている。
座卓のクロスも小花模様。
壁にはギッシリとドライフラワー。
むろん全部リボンが結んであった。


で、話は最初に戻る。
「似合わない恰好してると思ってるでしょ?」
と聞かれたからといって
「YES」
と言うには江波さんは年上過ぎた。
一回りほど違ったのだ。

私たちはあいまいな顔で微笑んで
「いいえ・・・」とかなんとかモゴモゴ言うしかなかった。
江波さんは続けた。

「別に良いのよ、気を遣ってくれなくても。
 私だって、ちゃんと知ってるし、わかってる。
 着物来たら『極道の妻』みたいだって言われるしさ。
 本当はもっとスッキリした物の方が似合うって知ってるけど 
 私はこういう甘いスタイルが大好きなの。
 レースやリボンやフリルや花模様が好きなの。
 
 こういう恰好をしない生活もあるとは思うのよ。
 でもさ、棺桶の中に入ってから 後悔するのはイヤなのよ。
 あーーー好きな服を着ておけばよかったなぁ・・・って
 絶対後悔すると思うのね。
 だから、目一杯好きな恰好をしてるの。
 
 あんた達もあんまり世間とか気にしない方が良いわよ。
 せっかく生まれてきたんだから 自分が楽しく生きないとね」

江波さんはハッキリ言う人なので、時々グサッとくる事もあったけれど
この言葉は心に響いた。

着る服に限らず
日々の生活はそうあった方が良い。

世間の目を気にせず
100%自分が「楽しく、好きに」生きる事は難しいにしても
そう努力する事は無駄ではないように思う。
他人には好きなだけ「え・・・?」と言わせておけばいいのである。
[PR]
# by kumorinotini | 2006-07-25 11:04 | 知人友人 | Comments(0)

あの4年間

先日、友人のマグノリアと美術館に行きました。

作品を見たあと、いろいろオシャベリしたのだけれど
終わり頃になって
「あの4年間」
は“良い4年間”だったね、という話になりました。

マグノリアとは大学で知り合いました。
<お嬢様>の多い女子大だったと思います。
私はその大学に何かの間違いで入ったようなものだったし
私自身はお嬢様ではなかったのだけれど
とにかく<お嬢様>のたくさん居た学校だったのです。

<お嬢様>というのは
裕福な暮らしをしているという意味合いではなく
本人に品があって おっとりしていて 優雅で
悪意が感ぜられない、という意味での<お嬢様>です。

育ちの良さ、と言えるかもしれません。

マグノリアは否定するだろうけど
彼女も素敵な<お嬢様>です。

中年になった今でも
そのへんのケバい女子高生に比べたら
マグノリアの方がずっと女学生に見えるくらいですもん。
会うたびに<聖少女>という言葉が浮かびます。

こんな事言ったらマグノリアは困惑して
「リンちゃん、私、もう充分オバサンよ」
と言うかもしれないけど、
私にとってはそうなんだもの。


話がずれたかな。
というわけで、入学した当初は
これは間違った所へ来てしまったのではないかと思った私だけれど
やがて穏やかで品のいい人々の中に居るのは
たいへん気持のいいものだと思うようになりました。

あんなにたくさんの女性がいたにも関わらず
下品な言葉や行動あるいは悪意というものに
ついぞお目に掛らなかったのは
今にして思えば素晴らしく希有なことだと思います。

なのに
あの4年間が
“とても良い4年間”だったと今頃気づくなんて
遅っ、ですけど。
[PR]
# by kumorinotini | 2006-07-24 11:31 | 知人友人 | Comments(0)

もう会えない

いつでも会える、と言って
会う努力をしないのは 
一生会わないのと同じ事なんじゃないかと今回思った。

伝えたい言葉があったのに
伝えてなかった。

伝えるチャンスはいっぱい会ったのに
伝えてなかった。

悔いが残る。
だからといって
友人全部に会う旅をするわけにもいかないし。

 「明日はない、と思って生きなさい。
 永遠に生きるように生きなさい」

・・・・・・難しい。
[PR]
# by kumorinotini | 2006-07-23 08:04 | 雑感 | Comments(0)

無題

泣く時間が減ってきて
生活は日常のサイクルへと戻りつつある。
冷たいようだけど
それは私が生きているということだから。
[PR]
# by kumorinotini | 2006-07-22 10:43 | 雑感 | Comments(0)

無題

昨日は頭痛がひどかった。
そして、目も痛かった。
[PR]
# by kumorinotini | 2006-07-21 10:22 | 雑感 | Comments(0)

ミラーサイトだったのに、本家になっちゃって・・・


by kumorinotini